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1570. 暑さからコメを守るには―高温不稔を理解し、耐暑性イネ生産システムをつくる―
1570. 暑さからコメを守るには―高温不稔を理解し、耐暑性イネ生産システムをつくる―
高温不稔とは
近年、日本の年平均気温は長期的に上昇しており、高温となる年が頻繁に見られます。気象庁によると、日本の年平均気温は1898年から2025年までの期間に、100年当たり1.44℃の割合で上昇しています。夏の暑さは、私たちの暮らしだけでなく、農業にも影響します。イネは、花が開いて受粉する開花期に特に高温の影響を受けやすい作物です。開花時に著しい高温にさらされると、花粉の放出や受粉が妨げられ、実の入らない籾が増えることがあります。この現象は「高温不稔」と呼ばれます。
高温不稔の発生には、気温だけでなく、湿度、風、日射、栽培環境なども関係します。そのため、高温による影響を適切に評価し、地域ごとのリスクに応じた対策を講じるには、イネが実際に受ける熱ストレスを把握することが重要です。
高温による影響を捉える
農研機構、国際農研、岐阜大学、島根大学による研究グループは、開花時間帯におけるイネの穂の温度、すなわち「穂温」が、高温不稔を評価する重要な指標となることを示しました。この研究では、アジア、アフリカ、アメリカの11の国・地域で得られた水田微気象観測データを用いて、高温不稔と穂温との関係を解析しました。その結果、気温が高い地域と、実際に穂温が高くなり高温不稔のリスクが高まる地域は、必ずしも一致しないことが示されました。特に高温で湿潤な条件では、蒸散による冷却効果が小さく、穂温が高くなりやすいと推定されています。このような知見は、現在の高温不稔リスクを把握するだけでなく、将来の収量予測の精度向上や、地域に適した対策の検討にも役立つと期待されます。
暑くなる前に開花する
高温不稔の実態を明らかにする研究と並行して、高温を回避するための品種開発も進められています。その一つが、通常より早い時間帯に花を開かせる「早朝開花性」の利用です。
イネは一般に午前10時から正午頃に開花します。この時間帯は、日中の最高気温に向かって気温が上昇する時間帯でもあります。そこで、比較的気温の低い早い時間帯に開花できれば、高温不稔を軽減できる可能性があります。
2026年6月、農研機構と国際農研が主導する国際共同研究チームは、イネの開花時刻を制御する新規遺伝子Early Morning Flowering 3(EMF3)を発見したと発表しました。研究には、高崎健康福祉大学、吉備国際大学、国際稲研究所(IRRI)、東京大学も参加しています。
研究チームは、第3染色体上の遺伝子EMF3に特定の一塩基置換を持つイネで、開花時刻が通常の午前10時から正午頃より約2時間早まることを示しました。また、午前中に気温が上昇し正午には38℃に達する条件で行った試験では、早朝開花性を示すイネは、通常のイネと比べて高温条件下での稔実率の低下が小さいことが確認されました。
この成果は、早朝開花性を活用した品種育成が、高温不稔を軽減する有望な手段となり得ることを示しています。一方で、実用化に向けては、各地域の気候、栽培体系、品種特性などを踏まえた検証と育種の取組が必要です。
複数の対策を組み合わせる
早朝開花性は、高温不稔への対応策の一つです。しかし、高温による影響を軽減するには、単一の技術だけではなく、複数の対策を地域の条件に応じて組み合わせることが重要です。例えば、耐暑性品種の開発に加えて、水管理や作期の調整などの栽培技術、作物の生理応答に関する研究、圃場環境の観測、リモートセンシングやデジタル技術の活用を統合することが求められます。
さらに、将来、どの地域で、いつ、どの程度の高温リスクが高まるのかを、気候予測と作物モデルを用いて評価することも重要です。将来予測を通じて温暖化の程度とイネ生産への影響を見積もることは、必要となる品種、栽培技術、観測・解析基盤を早い段階から準備することにつながります。
国際的な知見と人材をつなぐ
高温障害への対応を加速するには、育種、栽培、作物生理、気候科学、モデリング、地理空間解析、デジタル技術など、異なる分野の知見を結び付ける必要があります。また、高温障害の現れ方は国や地域の気候条件、栽培体系、品種によって異なるため、各地のデータや経験を共有し、比較・活用できる国際的な研究ネットワークが重要です。その中核の一つである国際稲研究所(IRRI)は、フィリピンに本部を置く国際的な稲研究機関です。日本とIRRIの協力は1960年に始まり、育種、病理、作物生理、栽培、社会科学など幅広い分野で研究者交流と共同研究が進められてきました。国際共同研究の価値は、研究成果を共有することにとどまりません。共同研究を通じて研究基盤、データ、解析手法を共有し、若手研究者が国際的な研究環境で経験を積み、その経験を次の共同研究や人材育成へとつなげていくことが重要です。
研究を次の連携へ
高温からコメを守るためには、高温不稔の発生要因を理解し、耐暑性品種や栽培技術を開発するとともに、将来の気候リスクを見据えて、観測、予測、育種、栽培、デジタル技術を結び付けていくことが必要です。さらに、国や分野を越えて知見と人材をつなぎ、継続的な研究協力の仕組みを築くことが重要です。
こうした課題について議論するため、IRRI、国際農研および農研機構の3機関が共同で開催する「耐暑性イネ生産システムに関する国際戦略フォーラム及びテクニカルワークショップ」が、2026年10月13日(火)から14日(水)まで東京都内で開催されます。
10月13日の国際戦略フォーラムでは、気候変動下の稲作に関する課題、優先研究分野、国際連携の方向性を議論します。10月14日のテクニカルワークショップでは、日本とIRRIの研究者・技術専門家が、研究成果、研究資源、データ、解析手法を共有し、共同研究や研究者交流の可能性を検討します。
開催概要および参加登録については、国際農研のイベントページをご覧ください。参加登録は10月7日(水)17時までです。
開催日 2026年10月13日(火) - 2026年10月14日(水)
耐暑性イネ生産システムに関する国際戦略フォーラム及びテクニカルワークショップ
受付期間: 2026年8月17日(月) 14:00 - 2026年10月7日(水) 17:00
場所
10月13日(火): 一橋大学 一橋講堂
10月14日(水): イイノカンファレンスセンター 4階Room B ※対面開催
https://www.jircas.go.jp/ja/event/2026/e20261013
参考文献
気象庁「日本の年平均気温」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn.html
農研機構・国際農研・岐阜大学・島根大学(2022)「水稲の高温不稔を引き起こす穂の温度上昇には湿度が強く影響―高温不稔の実態を国際的観測ネットワークで解明―」
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niaes/154560.h…
農研機構ほか(2026)「イネの開花時刻を制御する遺伝子を発見―高温下でも高温不稔を軽減し、コメ安定生産に貢献―」
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/carc/176068.ht…
Intergovernmental Panel on Climate Change(2023)Climate Change 2023: Synthesis Report.
https://www.ipcc.ch/report/ar6/syr/
Kato, Y. and Hayashi, K.(2021)“Japan and IRRI: Contributions to International Rice Research for Sustainable Development, Lessons Learned and Ways Forward.” JARQ, 55(Special), 483–487.
https://www.jircas.go.jp/ja/publication/jarq/20ss13
(文責:環境・資源プログラム 林慶一、情報・戦略プログラム 大森圭祐、国戦略統括室 飯山みゆき)