Pick Up
929. 2023年を振り返って
929. 2023年を振り返って
2023年も国際農研Pick Upをご訪問くださり、ありがとうございました。
Science誌、またNature誌も、今年の科学技術注目ニュースの一つとして、肥満治療薬を選んでいます。もともと糖尿病の治療用に開発されたグルカゴン様ペプチド-1 (Glucagon-like peptide-1)ですが、医療ダイエット・痩身に使えるだけでなく、心臓病リスクの削減にも効果が認められたということで、トップ科学誌をして今年のブレークスルーに挙げられました。今や世界的に肥満は公衆衛生の危機ともいえる現象になっており、アメリカでは成人の70%近く、欧州では半分以上が体重問題に悩み、肥満は糖尿病・心臓病などの疾病と深く関係あることが認められています。
一方、先日のPick Upでも言及したように、不平等が拡大する世界において、貧困・食料危機が拡大しています。2022 年、世界人口の9.2%に相当する6 億 9,100 万~7 億 8,300 万人が飢餓に直面しています。紛争、治安の悪化、経済的なショック、異常気象などは相互に関連し、複合的な危機(ポリクライシス:polycrises)を増幅、脆弱な社会層が最も被害をこうむり、社会不安の負の連鎖をもたらしています。
このように今日の世界において、食料システムは、世界の全ての人々に対し、栄養に富み多様な食を提供するという目標達成において、課題に直面しています。また、こうした食を支える生産システムは、地球の健康を損ねている原因の一つとされています。次のPick Up記事は、地球システムの危機に関する重要な議論を紹介したものです。
731. 食料システムとシンデミック
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20230307
肥満、低栄養、そして気候変動にとどまらず生物多様性喪失を含む地球の危機、が同時に併存するシンデミックは、「サプライチェーンの展開に支えられた安価なエネルギーの大量消費」と「地球の有限資源の過剰消費」により、「安い食」を提供する食料システムに密接に関係してきました。しかし、今日まさに起きているように、「サプライチェーンの寸断による燃料・肥料・飼料価格の高騰」、および「人類の活動が地球の限界を超えることによって生じる異常気象・病害虫・感染症」によって、「安い食」を提供するシステムは破綻のリスクに直面しているように見えます。もはや生産者の経営努力や地球・将来世代にツケを回して「安い食」を提供することは困難になってきました。人類と地球の健康を維持するためのコストを適正に反映した「地球にやさしい食生活」を通じて、食料システムの在り方を抜本的に見直していく必要があります。
859. 9つのプラネタリーバウンダリーのうち6つが危険領域にhttps://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20230915
9月13日、Science Advances誌に公表された論文は、9つのプラネタリーバウンダリーのうち、気候変動、生物圏の一体性、生物地球化学的循環(窒素・リン)、土地利用の変化、に加え、淡水利用、新規化学物質汚染、の6つが危険領域を超えていると結論しています。論文は、生物多様性の喪失原因として、1960年以降の世界人口増加と食料・繊維・飼料への需要が土地利用変化を加速させてきたことに言及し、プラネタリーバウンダリーの下で100億人の世界人口を支えることは理論的には可能としても、その実現には生産による環境負荷を削減しつつ資源に対する需要抑制を伴う大幅な変革の必要性を喚起しました。
919. グローバル・ティッピング・ポイント
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20231214
気候変動に関する議論では、ティッピング・ポイントは、小さな攪乱要因によりシステムの状態が質的に変わってしまう閾値と定義されます。とりわけ人為的な経済活動に起因する地球温暖化等によって影響を受けるティッピング・エレメントとして、グリーンランドの氷床融解をはじめ、永久凍土の融解、南極氷床の融解、アマゾン森林破壊、などが挙げられています。システムの崩壊は互いに相関しあい、グローバル化社会を通じて不可逆的な変化が雪崩的に生じ、幾つかの国の適応能力を超えた災害を引き起こし、我々の社会の安定性を脅かす可能性が懸念されています。例えば、大西洋南北熱塩循環の崩壊と地球温暖化が組み合わさることで、世界の小麦・メイズ生産地の半分が失われる可能性もあります。ティッピング・ポイントの存在は、従来通りのやり方が通用せず、自然と社会により急激な変化が起こりうることを意味しています。ガバナンスの在り方を見直さなければ、自然界の破綻が我々の社会を圧倒していくことになりかねません。
こうした背景もあり、ドバイにて開催されたCOP28では、12月1日、気候アジェンダにおいて食料システム変革の主流化を目指す宣言が130か国以上によって承認されました。
913. COP28 - 気候変動アジェンダにおける食料システム変革の主流化
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20231206
同宣言では、食料・農業分野の持続可能な発展と気候変動対応の強化を目的として、持続可能な生産性の向上を目指したイノベーションの推進、あらゆる形態の資源動員の拡大等、5つの分野において、 2025年までに参加国が強化すべき行動を提唱しています。
食料システムは各国・地域で直面する課題は違うものの、地球規模で取り組む課題です。各国・各地域の課題を解決するにも、国際的な政策議論の動向と歩調を合わせた国際協力がこれまで以上に重要になり、タイムリーな情報提供および中長期的な動向分析の重要性はこれまで以上に高まっています。国際農研は、これからも国際的な農林水産業や地球規模課題に関する科学技術動向把握のための情報の収集、分析および発信しています。
2024年もどうぞよろしくお願いいたします。2024年は1月4日よりPick Upを再開する予定です。
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)