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731. 食料システムとシンデミック

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731. 食料システムとシンデミック

2020年3月11日に世界保健機関(WHO)がCOVID-19をパンデミックと宣言してから、3年が経ちました。この期間、当初はパンデミックによるサプライチェーン寸断への懸念が立ち込め、直近の1年間はロシアのウクライナ侵攻のもと国際食料価格が一時は史上最高水準まで高騰するなど、世界の食料安全保障への不確実性の増幅によって特徴づけられました。現在も飼料・油脂作物および肥料などの投入財価格が高水準で推移していることで、世界各地でコストプッシュ型の食料インフレが続いています。一方、同時期には、世界中で極端気象が観測され、世界各地で植物病害虫の発生や家畜感染症の拡大が伝えられるなど、食料生産にショックを及ぼす異常事態が頻発化するようになりました。

世界食料安全保障をめぐる不確実性が増す状況の下、数十年間にわたり進展してきた飢餓撲滅のトレンドはここ数年で反転し、現在80億の世界人口のうち7– 8億人が飢餓に直面していると推計されています。しかし同時に、その飢餓人口を上回る30億人が過体重・肥満を患っており、医療システムに負荷をもたらしています。このように歪んだ栄養・健康状態に対応した食料システムは、人為的な気候変動の原因となる温室効果ガス排出量の約25%を占め、土地利用変化・生物多様性喪失の最大の要因であり、プラネタリー・バウンダリーを超える主要因となっています。我々が何を食べどのように生産を行うか、は、人類および地球の健康の犠牲のもとに成立しているといえます。

 

このような食料システムの直面する課題に対し、Lancet委員会は、パンデミックが発生する前の2019年には既に、肥満・低栄養・気候変動が併存する 「シンデミック (Syndemic)」に人類が直面していると警鐘を鳴らしていました。
シンデミックは、もともとは医療人類学者メリル・シンガー博士が1990年代に考案した「シナジー(相乗効果)」と「エピデミック(疫病の流行)」を合わせた言葉だそうです。パンデミックが感染症の世界的な大流行であるのに対し、シンデミックは複数の疫病が共通の原因で同時発生するとともに相互作用して病状を悪化させている状況を意味します。例えばHIVは免疫系を弱め結核等ほかの感染症の影響を受けやすくしますが、健康管理の不備や不衛生環境といった環境も複数の感染症を同時に繁殖させる社会的要因となっているようなケースです。2019年のLancet論文は、肥満、栄養失調、気候変動の流行は孤立して起こっているのではなく、「安価なエネルギーの大量消費」を共通の原因とし、食料システムの下で完全に絡み合っているとし、食料システムの在り方自身を見直す必要性を提起していました。


Lancet論文および、これまでPick Upで取り上げてきた食料システムの議論を総括すると、肥満、低栄養、そして気候変動にとどまらず生物多様性喪失を含む地球の危機、が同時に併存するシンデミックは、「サプライチェーンの展開に支えられた安価なエネルギーの大量消費」と「地球の有限資源の過剰消費」により、「安い食」を提供する食料システムに密接に関係しているように思われます。しかし、今日まさに起きているように、「サプライチェーンの寸断による燃料・肥料・飼料価格の高騰」、および「人類の活動が地球の限界を超えることによって生じる異常気象・病害虫・感染症」によって、「安い食」を提供するシステムは破綻のリスクに直面しているように見えます。もはや生産者の経営努力や地球・将来世代にツケを回して「安い食」を提供することは困難になってきました。人類と地球の健康を維持するためのコストを適正に反映した「地球にやさしい食生活」を通じて、食料システムの在り方を抜本的に見直していく必要があります。


この週末の3月11日土曜日、日本学術会議の学術フォーラムにて、「食料システムから地球温暖化の抑制を考える」が開催されます。フォーラムでは、農水畜産業による食料生産から加工・流通を経て消費・廃棄に至るサプライチェーンの全体システムとしての食料システムが地球環境、特に温暖化に与える影響について、「食」という、誰もが自分事と認識できる身近なテーマを切り口として課題を共有することにより、今後の研究開発および産学公民連携の道筋について議論します。国際農研からの講演では、シンデミックをキーワードとし、20世紀半ば以降の食料システムの展開において、肥満・低栄養・地球の健康危機が併存するようになった背景を技術・経済的な視点から紐解き、「地球にやさしい食生活」の必要性を示します。ぜひご参加をご検討ください。

 


日本学術会議 学術フォーラム「食料システムから地球温暖化の抑制を考える」
開催日時:    2023年3月11日(土)13:00~17:30
開催地:    日本学術会議講堂(オンライン併用)
プログラムほか詳細 (外部リンク):https://www.scj.go.jp/ja/event/2023/331-s-0311.html 


 (文責:情報プログラム 飯山みゆき)

 

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