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700. 持続的な食生活

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700. 持続的な食生活

2020年3月に開始したPick Upも、本日の記事で700回目になります。

このPick Upでは、食料システムが地球規模での食料栄養安全保障・気候変動・環境問題に及ぼす影響について、たびたび紹介してきました。食料システムは、温室効果ガス排出の4分の1(農業生産・土地利用関連)~3分の1(食品ロス・廃棄物を含む)に貢献すると推計され、生物多様性喪失の最大の原因でもあります。今日の食料システムを持続的に転換することは、地球の健康にとって必須です。しかし、今年最初の記事で取り上げたように、国際的な議論の場では、持続的農業や食料システムが将来あるべき姿についての意見はなかなか一致しません。 

 

食料システム問題の第一人者であるJessica Fanzoジョンズホプキンズ大学教授は、そもそも、持続的な食の在り方はコンテクストごとに異なって当然であると論じています。今日は、Fanzo教授による著書、「グローバル食料システム・食生活・栄養 ―科学・経済学・政策の連携を― Global Food Systems, Diets, and Nutrition: Linking Science, Economics, and Policy」、とくに、10章「持続的食生活:環境と整合的な食料システム Sustainable Diets: Aligning Food Systems and the Environment」の議論を紹介します。

農業と環境の間の関係は極めて複雑で双方向性のあるものです。食料システムは環境に多大な影響を及ぼす一方、土壌汚染や水源の枯渇、生物多様性喪失といった環境ダメージは農業生産性低下に直接的および空間・時間的に間接的なインパクトをもたらします。さらに気候変動が作物・家畜・水産物の栄養の質の劣化をもたらす結果、増加する世界人口に栄養ある食を提供することが不可能になっていくことも考えられます。

一方、Fanzo教授は、食生活の環境・健康インパクトは極めてコンテクスト限定的であると説きます。その結果、環境持続性の観点から特定の社会層に食生活の変更を迫ることは、現実的かつ倫理的な難問に直面することを認め、政策介入のトレードオフの影響を理解する必要性を呼びかけます。

例えば、2019年、EAT-Lancet委員会は「プラネタリー・ヘルス・ダイエット」を提案しました。これは、パリ協定で合意された温暖化の1.5℃抑制と、2050年までに100憶人の世界人口に対する健康で栄養ある食の提供を両立する上で、植物性食品中心の食生活へのシフトを提案するものでした。この提案は、不健康な食生活に伴う非感染性疾病を原因とする成人の死亡率を減らすというエビデンスにも支えられていました。

「プラネタリー・ヘルス・ダイエット」の提案は、栄養と環境の持続性を橋渡しする食生活に焦点を当てる意味で大きな役割を果たしましたが、同時に多くの議論も呼びました。食ごとの環境・影響・健康インパクト推計の手法や計算方法にはしばし一貫性がなく、どこでどのように生産されるのかによってインパクト推計結果も大きく変わってくるからです。とくに動物性食品の削減への提言は、議論を呼んでいます。動物性食品は植物性食品では補えない微量栄養素に富み、とりわけ栄養問題のリスクを抱える社会層にとっては栄養的に欠かせないものです。

全ての人々への健康な食生活を提供する上で、持続的な食生活は、世界の様々なコミュニティの環境・栄養ニーズのバランスに配慮する必要があります。また、畜産・養殖・水産業は、世界中で多くの人々の生活を提供しており、文化・宗教の重要な一部であることを認める必要もあります。食生活の提案は、公平・公正への配慮という倫理的課題も伴います。

Fanzo教授は、持続的な食生活は唯一のコンセプトではなく、コンテクスト毎に異なるものであり、国・コミュニティ・家庭の事情に配慮しつつ持続性を模索するための研究・政策議論が必要になっていくと述べました。

 

他方、現在のスタイルを尊重するという名目で何もしないでよいわけではありません。現在の消費・生産慣行のまま世界人口が増えていけば、地球の持続性が損なわれることは必須です。個々人が食への意識を変えていき、日々できることから着手していくことが重要です。Fanzo教授は、別の著書「ディナーの見直しは地球を救う? Can Fixing Dinner Fix the Planet?」にて、食がどこでどのようにつくられ調達されているのかを意識し、賢く食の選択を行っていくことが、地球の健康を救うことに繋がると述べています。

 

食に関する情報を通じ、世界のつながりについての認識を高めることが、個々人に持続的な食生活の実行を促し、食料システムの転換を実現する第一歩かもしれません。

 


(参考文献)

Fanzo, Jessica. (2021) Global Food Systems, Diets, and Nutrition: Linking Science, Economics, and Policy (Palgrave Studies in Agricultural Economics and Food Policy) Palgrave Macmillan; 1st ed.

Jessica Fanzo (2021) Can Fixing Dinner Fix the Planet?  Johns Hopkins. Wavelengths.

 

 

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)


 

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