Pick Up
300. 人新世(Anthropocene)概念の展開
このPick Up企画も、今回で300記事目になります。今回は、昨今のフードシステム議論でもよく聞かれるようになった「人新世(Anthropocene)」概念を整理した論文を紹介します。
昨日の記事では、NASAのデータより1950年~2020年までの間に地表の気温が上昇する傾向が認められていることを話題にとりあげました。1950年は一般に人新世の始まりとされています。
2000年に人新世という概念に最初に言及したのはオランダ人大気化学学者でオゾンホールの研究の業績で1995年度ノーベル化学賞を受賞したPaul Crutzenであり、近代において人類が地球に及ぼす影響が新たな地質時代を形成するに足るという議論がはじまりでした。この概念は地球システム科学において、次第に完新世の典型的な条件に変化をもたらす地球規模の変化過程を新定義する過程で根付いていきます。
当初、人新世は大気中の温室効果ガス、とりわけ二酸化炭素とメタンの濃度上昇が開始したイギリス産業革命後の18世紀後半の人間活動の影響と関連付けられました。しかしさらなる研究により、人新世は次第に社会経済の急激な変化の影響が地球システムのトレンドに大きな影響を及ぼすようになった20世紀半ば・1950年以来の「グレートアクセラレーション」と結び付けられるのが一般的になっているようです。
2000年来の20年間に、この概念は地球科学だけでなく社会科学や美術・人文科学にも広まっていきました。その結果、学術分野によっては、人新世はもともとCrutzenが意図していたよりも広義に、人類が環境に影響を及ぼしはじめた数千年前にさかのぼる、など、様々な解釈がなされるようにもなっています。論文は、人新世を規定する地質年代からの概念に立ち返り、とりわけ二酸化炭素の大気中濃度の急上昇や窒素・リンのサイクル加速という点から考慮すると1950年頃を起点とするのが妥当としつつも、学術分野を超えた議論の重要性を訴えました。
以前紹介した記事にもありますように、人新世において、グローバル・フードシステムは、生物多様性の喪失・土地利用の転換・水資源の枯渇・陸水域生態系の汚染の主要な要因となっています。 現在の世界人口は、重量換算で全ての野生哺乳類動物の10倍に相当すると推計され、さらに家畜を加えれば地球上の哺乳類のうち野生動物の割合はわずか4%ほどです。作物・家畜・樹木・微生物の再生産にかかわる収穫の人為的な選択や化学的な汚染過程を通じて、人類は直接・間接的に種の生存と滅亡を決定し、地球を覆う生物圏を改変し、プラネタリー・レベルで地球システムとその生物圏に影響を及ぼすようになっています。
2015年に採択された気候変動に関する国際的枠組みであるパリ協定のもとでは、5年ごとに各国が温室効果ガス排出削減と気候変動適応のための自主的な取り組み (Nationally Determined Contributions: NDCs)を見直すことになっており、2021年がそのタイミングとされています。政策関係者にとって、「フードシステム・アプローチ」の観点から温室効果ガス排出削減できる解決法を提示し、野心的な目標を設定するチャンスです。
国際農研は、開発途上国を対象に、土地利用の変化や食料生産レベルでの気候変動対応策に貢献しうる科学技術開発を通じて、グローバル・フードシステムを持続的にする試みへの貢献を目指しています。その取り組み例として、SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)の令和3年度新規採択研究課題として、国際農研の研究者が提案した2課題が条件付き*にて採択されました。
*人新世(Wikipediaより)人新世(じんしんせい、ひとしんせい、英: Anthropocene)とは、人類が地球の地質や生態系に重大な影響を与える発端を起点として提案された、完新世(Holocene, ホロシーン)に続く想定上の地質時代である。影響としては人為的要因の気候変動(地球温暖化)が挙げられるが、これに限定されてはいない。
参考文献
Jan Zalasiewicz et al, The Anthropocene: Comparing Its Meaning in Geology (Chronostratigraphy) with Conceptual Approaches Arising in Other Disciplines, Earth's Future (2021). https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2020EF001896
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)