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1140. プラネタリーバウンダリー科学の系譜と展開
1140. プラネタリーバウンダリー科学の系譜と展開
人為的な経済活動の圧力のもと、地球システムは「人新世」に押し込まれ、その安定性・回復力・機能が脅かされています。2009年、人類の発展の前提条件としての地球システムの安定性を維持する境界を想定した、プラネタリーバウンダリー(Planetary Boundaries:PB)概念を提唱した論文が発表されました。
PB概念は、地球システムの安定的な機能を維持しうる境界としての生物物理学的プロセスを定量化・精緻化してきましたが、様々な分野の科学に影響を与え、人類が地球規模で取り組むべき気候変動や環境保全、持続可能な開発や、政策策定にも大いに貢献するようになりました。
PB概念提唱者のRockström博士は、 Nature Reviews Earth & Environment誌に、PB概念に繋がった地球システム科学の系譜、そして様々な科学分野へのPB概念の展開についてレビューしました。PB概念が出現した経緯について記述された部分を紹介します。
PBフレームワークはもともと、科学界への「挑戦」として提示されました。その背景に、「グレートアクセラレーション」についての圧倒的なエビデンスと、人類の活動が惑星スケールで環境変化を引き起こしており、地球システムの機能と状態を脅かしているというコンセンサスがありました。また、PB概念は、宇宙船地球号、成長の限界、定常経済など、先駆的な生態学的・経済的アプローチに学際的なルーツを持っています。
これらの学問分野は、地球に関して、非線形的に振る舞い、転換点を持つ、複雑で部分的に自己制御する生物圏システムを想定しています。それはまた、惑星スケールでのレジリエンスと安定性について、負(減退)のフィードバックと正(増幅)のフィードバックのダイナミクスによって決定されるシステムです。
このような想定をもとに、PBフレームワークの基本的な考え方が形作られ、地球システムを規制するプロセスの特定にあたり、環境危機の単一の側面(人為的な気候変動や汚染など)に焦点を当てるのではなく、体系的な視点が採用されました。主要な制御変数については、限界値が特定され、それを超えると、地球システムの状態と機能に変化をもたらすリスクが大幅に増加すると想定されました。これら「限界値」は閾値や転換点の同義語ではなく、あくまで生物物理学的境界であり、ある場合には閾値(気候変動の場合)、他の場合には徐々に増加するリスクの度合い(土地システムの変化や淡水の変化など)によって示されます。限界値が純粋に生物物理学的な根拠に基づいて設定され、特定の人間のニーズ、実現可能性、等は考慮せずに設定されるのが、PBフレームワークの基本的な特性です。
これらの限界値によって描かれる空間は、安定した地球システムの状態と機能が人類の発展の前提条件であることから、「人類が生存できる安全な活動領域」と呼ばれることになりました。この安全領域の基準点は、完新世-全球平均表面温度が~14°C±0.5°C内で変動する気候的に安定した期間です。現代のホモ・サピエンスは少なくとも25万年前から地球上に存在していましたが、完新世の安定した環境条件のもとで、人間は農業と定住社会、そして文明を形成することが可能となりました。
2023年、新たな論文で、PBの9の領域のうち、6つの領域で、既に安全な境界を越えているとされました。このことは、人間の農業と定住社会・文明の形成を可能としてきた、環境条件が崩れていることを意味しています。現在約80億人の世界人口が21世紀中に100億人に達することが予測される中、食料安全保障を維持し、持続可能な開発を実現していくうえで、生物物理学的な攪乱を安全な活動領域・地球の限界内に抑えつつ、不可逆的で非線形な地球環境の変化に備え、農業食料システムのレジリエンスを高めることが早急に求められています。
11月22日のJIRCAS国際シンポジウム2024では、地球沸騰化時代におけるレジリエント遺伝資源の果たす役割について議論します。
JIRCAS国際シンポジウム2024
地球沸騰化時代におけるレジリエント遺伝資源の機会と課題
開催日 2024年11月22日(金) 13:30~17:30 (13:00受付開始)
場所 ハイブリッド(国連大学ウ・タント国際会議場およびオンライン)
特設サイト https://www.jircas.go.jp/ja/symposium/2024/e20241122_jircas
(参考文献)
Rockström, J., Donges, J.F., Fetzer, I. et al. Planetary Boundaries guide humanity’s future on Earth. Nat Rev Earth Environ 5, 773–788 (2024). https://doi.org/10.1038/s43017-024-00597-z
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)