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647. 農業由来の窒素汚染 - プラネタリーバウンダリーからリージョナルバウンダリーへ
647. 農業由来の窒素汚染 - プラネタリーバウンダリーからリージョナルバウンダリーへ
2009年、Nature誌において、地球の限界:Planetary Boundaries概念を紹介する意見記事を掲載、 人類が地球システムの安定性を確保する上で必要な指針として、気候変動・生物多様性喪失・窒素循環を含む9つのバウンダリーが提案されました。
その6年後、Science誌で公表された論文は、プラネタリーバウンダリーのうち3つは既に境界を超えていることを示し、中でも窒素肥料の使用は限界を大きく超えてしまっていると認識されてきました。
他方、化学肥料の使用率は世界の地域ごとに大きく異なる中、農業やその他の原因による窒素肥料汚染に関するエコシステムとの作用の地域差は考慮されてきませんでした。北西ヨーロッパやインド・中国の一部では非常に多くの窒素肥料からの温室効果ガスが排出される一方で、サブサハラアフリカの多くの地域や南米では大きな環境汚染をもたらすことなく窒素肥料の利用を強化する余地があります。このたびNature誌において、地域レベルでの窒素肥料の限界値の評価を初めて行った研究成果が発表されました。
研究は、地域ごとに、窒素過剰供給・喪失に対し、生物多様性の喪失・飲用水の質の悪化・藻類ブルーム発生といった自然・水質に関する地域の制約を比較しました。(論文は、亜酸化窒素排出による気候変動への影響や、アンモニアによる大気汚染の健康被害については検討していませんが、環境汚染の限界に対するプラネタリーバウンダリーを満たすことが世界的な亜酸化窒素排出について意味するところについては検討しているとのことです)
論文は、窒素投入に関する世界的な偏りを正していくだけでなく、もし窒素肥料の最適な再配分がなされたとしても、現在の窒素利用効率のもとでは世界的にみて窒素の地球限界は超えてしまうといいます。地域および地球の窒素限界を超えずに世界の人口を養っていく上には、農業における窒素利用効率を大きく向上していく必要があります。そのうえで、世界の農業の多様性を認識し、同時に、生活排水など農業分野以外からの窒素排出を削減していくための協調が必要です。
研究は、地域ごとに、窒素によってもたらされる問題の違いを浮かび上がらせました。欧州や中国などにおける過剰超過は、過少使用で食料生産のために窒素肥料がもう少し追加で必要とされる東南アジア・南米やサブサハラアフリカの事情と対照的です。後者では、少なすぎる肥料の使用が土壌の栄養分の枯渇をもたらし、極端なケースでは土壌が食料生産に適さない程度まで劣化してしまう可能性もあります。プラネタリーバウンダリーに対する解決策は、No-One-Size-Fits-Allであり、類似の問題を抱える地域レベルでのイノベーションの検討が有効と考えられます。
(参考文献)
Schulte-Uebbing, L.F., Beusen, A.H.W., Bouwman, A.F. et al. From planetary to regional boundaries for agricultural nitrogen pollution. Nature 610, 507–512 (2022). https://doi.org/10.1038/s41586-022-05158-2
Will Steffen et al, Planetary boundaries: Guiding human development on a changing planet, Science (2015). https://www.science.org/doi/10.1126/science.1259855
Johan Rockström et al, A safe operating space for humanity, Nature (2009). https://www.nature.com/articles/461472a
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)