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1090. 「人新世」概念の意義

 

1090. 「人新世」概念の意義


1950年代以降、人類の活動によって、世界人口・肥料消費量・水利用といった社会経済指標が急上昇しました。こうした社会経済活動に沿い、温室効果ガス排出や資源搾取・生物多様性喪失といった地球システムを表す指標の変化も伴った事象は、「グレートアクセラレーション」とも称されます。

この1950年代を起点として,人類が地球システムに及ぼす影響が地質にも表れているとして、地質学会等を中心に2009年以来、「人新世」を新たな地質時代とする議論が行われてきました。しかしその提案は2024年3月5日に地質学会小委員会で否決され、その理由として、人類の地球への影響は農業開始・産業革命といったコンテクストも含めより広くとらえる必要が指摘されました。

ただし、20世紀半ば以降に地球システムを大きく変化させてきた人為的な現象を反映する「人新世」概念は、自然・社会科学・人文科学・政策にとって有用であることは確かです。8月26日のNature誌論説は、「人新世」の意義を論じました。

「人新世」という言葉は、我々が現在暮らしている社会の状況を記述し・分析し・解釈するうえで、既に広範に採用されるようになっています。とりわけ、次の4つの異なるグループによって採用されています。まずは、概念を提起した地球科学コミュニティ、および「地球の限界(planetary boundaries)」といった人類の地球システムへの影響を評価する関連分野。第二に、自然の力を克服する人類のインパクトを歴史・哲学・政治・経済学・社会・文化的な観点から分析する人文学・社会科学の研究者ら。第三に、概念にインスパイアされた美術館や美術作品。第四に、気候や生物圏への人類の影響を理解し、管理・緩和・適応政策立案・実施に責任を持つ公的組織・政策立案者・都市計画者。

 

地質学会で「人新世」概念が却下された今、どのように概念を使っていく必要があるのでしょうか。論説は、「人新世」概念の提案・定義に関する科学コミュニティの議論を振り返り、常識的な立場で使用することを提案しました。

そもそも、2000年に人新世という概念に言及したのはオランダ人大気化学学者でオゾンホールの研究の業績で1995年にノーベル化学賞を受賞したPaul Crutzenであり、近代において人類が地球に及ぼす影響が新たな地質時代を形成するに足るという議論がはじまりでした。この概念は地球システム科学において、次第に完新世の典型的な条件に変化をもたらす地球規模の変化過程を新定義する過程で根付いていきます。  

Nature論説は、このCrutzenの提案が、地球の地質的な影響に限ったものではなく(彼は20世紀以前の人為的なインパクトを重々理解していました)、長期的にみて相対的に安定的であった完新世からの離脱を表すシステム的な変化を反映したもの、と捉えていたことを忘れるべきではない、と論じます。20世紀半ば以降に開始したとする「人新世」概念は、「グレートアクセラレーション」、および地球の状態の抜本的変化と一致することは確かです。この点を明確にすることで、「人新世」は、地質学からのエビデンスが社会問題・社会科学におるエネルギー生産やグローバルな貿易の展開を説明するうえで役立ち、また政策や国際法においても人為的なインパクトが地球の機能を圧倒している社会に我々が生きているという前提を理解するうえで役立つはずです。


(参考文献)
Jan Zalasiewicz et al, The meaning of the Anthropocene: why it matters even without a formal geological definition, https://www.nature.com/articles/d41586-024-02712-y


(文責:情報プログラム 飯山みゆき)
 

 

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