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4. ウユニ塩湖のキヌア -「スーパーフード」孤児作物研究の意義

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ボリビア

ボリビアのウユニ湖といえば、雪原のような塩湖が鏡のように空を映し出す様が「天空の鏡」とも呼ばれ、「死ぬまでに見たい絶景」として世界的に知られています。

植物は、土壌の根から水分や養分を吸収して生育しますが、土壌中の塩分濃度が高くなると浸透圧に差が生じ、植物の根は土壌から水分を吸収しにくくなり、枯れてしまいます。このため、塩分の多い環境では、一般的に植物は生きていくことができないとされています。一面の塩に覆われたウユニ湖周辺は、作物にとっては不毛の大地なのです。

そんな厳しい環境でも育つ極めて希少な作物に、近年「スーパーフード」として注目を浴びているキヌア(quinoa; 学名Chenopodium quinoa)があります。キヌアは標高3500メートル以上のアンデス山脈地域で7000年以上前頃には栽培化が始まり、インカ帝国の「母なる穀物 “mother grain”」として崇められてきました(Jarvis et al. 2017)。近年、グルテンフリー、低いGI値( Glycemic Index:食後血糖値の上昇を示す指標)、アミノ酸・繊維・脂質・炭水化物・ビタミン・ミネラル類の絶妙な配合などキヌアの栄養価が高く評価されています。国際連合により2013年が「国際キヌア年」と制定され、NASAから「宇宙食にぴったりな完全食」とお墨付きを得たことが契機となり、健康・機能食として世界的に需要が急激に高まっています。日本でも最近は健康食や輸入品を取り扱う店に限らず、スーパーなどでも販売されるようになり、サラダのレシピなどで「食品」としてのキヌアを目にしたことのある方は多いでしょう。他方、作物としてのキヌアについて知っている人はあまりいないのではないでしょうか。キヌアは、塩湖の近辺という厳しい環境でも育つ奇跡の作物として、宗教的な儀式にも用いられてきたため、16世紀にインカ帝国を制服したスペインによりその栽培が禁じられた歴史があります。そのため、同じアンデス原産であるジャガイモやトマトに比べて、収量を安定させる品種改良は進んでおらず、持続的に大量生産を行う体制の目途は立っていません。

キヌアのように、世界各地には、栄養価に優れながら、地域特有の環境に適応する過程で、その地域を超えた普及に繋がる品種改良のための研究が十分行われてこなかった作物が多くあり、これらは「低利用作物(underutilized crop)」あるいは「孤児作物 (orphan crops)」とも呼ばれています(Kamei et al. 2016)。

農業の発展の裏には、野生の作物を栽培化し、収量を安定化させるための品種改良と栽培法を確立するための長年にわたる研究努力がわれてきました。コメ、小麦、トウモロコシ、大豆などの世界の主要な主食・油脂作物は、研究投資の成果により生産性の観点から飛躍的な進歩を遂げました。過去50年間、グローバル化に伴う食の欧米化に伴い、世界的に食の画一化が進んだ結果、作物の遺伝子の多様性が失われつつあり、従来、各国・地域の状況に適応し食料・栄養安全保障を支えてきた作物の喪失につながりかねないとの懸念もあります (Khoury et al. 2014) 。世界的に作物遺伝子の多様性保全の緊急性についての認識が高まる中、気候変動への適応という視点からも、厳しい環境に起源をもつ孤児作物の不良環境耐性メカニズムの解明の重要性についても注目が集まっています (Mabhaudhi et al. 2019) 。

国際農研は、京都大学等と共同で、世界で初めてキヌアのほぼ完全なゲノム解読に成功しています(Yasui et al.2016)。2020年より、ボリビアのサン・アンドレス大学(UMSA)・農業研究普及機関PROINPAや、京都大学・帯広畜産大・東京農工大学と共同で、「高栄養価キヌアのレジリエンス強化生産技術の開発と普及」についての研究を開始します。キヌアの品種改良・高付加価値化への道筋をつけるのみならず、厳しい環境・気象条件に適応する作物のメカニズムを明らかにすることで、気候変動に対する育種戦略への知見を得ることを目指しています。

 

参考文献

Jarvis et al. (2017) The genome of Chenopodium quinoa. Nature vol. 542: 307–312. doi:10.1038/nature21370

Kamei et al. (2016) Orphan Crops Browser: a bridge between model and orphan crops. Mol Breed. 36: 9. doi: 10.1007/s11032-015-0430-2

Khoury et al. (2014) Increasing homogeneity in global food supplies and the implications for food security. PNAS. 111 (11) 4001-4006; https://doi.org/10.1073/pnas.1313490111

Mabhaudhi et al. (2019) Prospects of orphan crops in climate change. Planta vol. 250: 695–708. https://doi.org/10.1007/s00425-019-03129-y

Yasui et al. (2016) Draft genome sequence of an inbred line of Chenopodium quinoa, an allotetraploid crop with great environmental adaptability and outstanding nutritional properties. DNA Research, Vol 23(6): 535–546, https://doi.org/10.1093/dnares/dsw037

 

(文責:理事長 岩永勝; 生産資源・利用領域 藤田泰成・永利友佳理)

Salar de Uyuni and quinoa

Quinoa fields in the areas near Salar de Uyuni

Quinoa crop in the field

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