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400. 地球システム、食料問題、イノベーション

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400. 地球システム、食料問題、イノベーション 

10月16日は、World Food Day 世界食料デーでした。今日、78億人の世界人口の3-4割に相当する人々が栄養に富んだ食生活を享受できておらず、飢餓・低栄養・肥満と過体重の問題を同時に抱えていると推計されています。世界食料デーは、今日の食生活をささえる生産・消費の在り方が、我々の地球と健康に多大な負荷をもたらしていることについて啓発の機会を提供しました。9月に開催された国連食料システムサミットにおいても、地球と人類に資する食料システムの転換(transforming food systems)を促すためのイノベーションの重要性が議論されてきました。 

Pick Up 400回目を機に、地球システム・食料問題・イノベーションの関係について、地理学者であるルース・ドフリース教授による『食糧と人類 ―飢餓を克服した大増産の文明史』(英語版:The Big Ratchet: How Humanity Thrives in the Face of Natural Crises. 2014)の議論を紹介します。

かつて狩猟採集民であった人類は、農業の開始とともに定住をはじめましたが、何千年ものあいだ常に飢えの危機にさらされてきました。ひるがえって今日の世界では、世界の半分を超える人々を都市消費者として支えながら、世界平均毎日2800キロカロリーを超える食料を供給できる生産を実現しています。人類が成し遂げた転換は奇跡と呼べるほどです。人類はこれまで何度も環境の制約と食料不足の危機に直面し、そのたびに、灌漑・焼畑・家畜利用・窒素固定・肥料革命・農薬の発明など、イノベーションと科学力で乗り越えてきました。人類は一つの危機を乗り越えるたびに、新たな人口・環境制約の局面に直面しますが(斧:Hatchet)、さらなる方向転換(歯止め:Ratchet)で対応してきました。 

教授によると、人類の繫栄の基盤は、本来なら人知のおよばない、地球を巡る炭素と窒素とリン循環の仕組み及び生物多様性、に依拠しています。人類の発展は、創意工夫・イノベーションによる地球システムへの働きかけの歴史と捉えられます。農業開始以来、人類の定住生活は、土壌への継続的な養分供給の必要性というボトルネックにより、飢饉の懸念を伴っていました。20世紀前半、大気中の窒素ガス固定やリン鉱石・化石燃料を利用した肥料製造技術が普及することで土壌養分補給が可能となり、同時に、人間と家畜の労力を補充するエネルギー源の確保に加え、生物学における育種技術の進展による高収量穀物・油脂作物品種の開発等、によって、20世紀後半の農業生産の大躍進が達成されます。

ただ、20世紀半ば世界人口が25億人であった際に飢餓克服を目指して要請された大増産体制は、当時の3倍を超える人口を扶養する今日において、地球システムにあまりにも過剰な負荷をかけていることは確かです。農林水産業は、生物多様性喪失・土地利用変化・窒素とリン循環の攪乱・気候変動の4分野で、地球の限界(Planetary Boundaries)の閾値を超えているとされます。今後、世界人口の増え方は緩やかになっていくとの議論もある一方で、21世紀半ばまでに100億人近くに達すると予測されるなか、現状維持シナリオは持続的ではありません。

人新世の議論にもあるように、20世紀半ば以降の人為的な活動の地球環境・気候システムへの影響は疑う余地はありません。ドフリース教授のように歴史的な視点から俯瞰すれば、現在のフードシステムの危機はまさに新たなイノベーションによって解決すべきタイミングが到来していることを意味しています。健康な食生活へのシフトと同時に、バイオサイエンスやデジタル技術を駆使し、地球システムへの負荷を最小化する食料消費・生産を可能にするイノベーションを実現していく必要があります。

日本が位置するアジアモンスーン地域は、世界でも最も人口密度が高く、食料生産を持続的に維持しながら、気候危機への適応・緩和への対応を進めていく上で、イノベーションの役割が極めて重要とされています。国際農研は、11月17日、アジアモンスーン地域における食料システム転換をテーマに、JIRCAS国際シンポジウム2021をオンライン配信のかたちで開催いたします。近日中に、詳細なプログラム等についての情報をお知らせします。

 

JIRCAS国際シンポジウム2021:アジアモンスーン地域における持続的な食料システム実現に向けたイノベーション ―「みどりの食料システム戦略」に資する国際連携に向けたプラットフォーム―

日時:2021年11月17日(水) 14:00~16:15
開催方式: オンライン (YouTube JIRCAS channelより配信)
プログラム詳細や参加方法:https://www.jircas.go.jp/ja/symposium/2021/e20211117

(参考文献)
Ruth DeFries. The Big Ratchet: How Humanity Thrives in the Face of Natural Crises. http://www.ruthdefries.com/book/big-ratchet/ (ルース・ドフリース『食糧と人類 ―飢餓を克服した大増産の文明史』日本経済新聞出版社 https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/24002)

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)
 

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