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1000. 食料イノベーションと地球システム

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1000. 食料イノベーションと地球システム

 

2020年3月に開始したPick Upも、1000記事目となりました。Pick Upは、世界の食料安全保障にかかわる時事的な話題や、地球規模の気候変動・生物多様性喪失と食料システムの関係に関する科学的議論を中心に発信してきました。今日は、食料農業分野の科学技術イノベーション(以下、食料イノベーション)と地球システムの関係についてまとめました。

 

本来、食料生産は、気温・降雨・日照などの気象的要因や、土壌の肥沃度・化学性・物理性といった土壌的要因、そして病害虫・雑草・共生生物などの生物的要因といったローカルな生産環境に強く制約されています 。一方、人類は、農耕を開始して以来、増える人口を養うため、生産環境制約を打ち破るべく、栽培化・家畜化や栽培・飼育技術といった食料イノベーションを講じてきました 。実際、「産業革命」が始まった18-19世紀頃、人口急増による食料不安が起こった際、マルサスは「人口は指数的に増加するが、食料は算術級数的にしか増加しない」という有名な命題を残しましたが、食料イノベーションにより、その後の世界は全く異なる道筋を辿ることになります。とくに20世紀の化学肥料と高収量品種の開発は、一部地域で極めて効率的な生産体制の構築を可能にし、世界人口増加ペース以上の速さで食料増産を実現、そのインパクトは飢饉の撲滅にとどまらず、都市化・グローバル化といった社会変容を伴いました。食料イノベーションは、いかにローカルな生産環境制約を克服し、グローバルな食料システムの展開をもたらしたのでしょうか。

 

まず、安定的な食料生産には地力維持が欠かせませんが、20世紀初頭に化石燃料を使用した化学肥料大量生産の基盤が確立します。大気中の窒素からアンモニア生産を可能にしたハーバーボッシュ法は「空気からパンを作る」方法とも称され、農業生産の飛躍的増加を達成すると同時に、窒素の物質循環を攪乱していくことになります。一方、熱帯地域では20世紀半ばでも安定的な生産を実現する作物が開発されておらず、飢饉が蔓延、主食作物の増産実現が国際農業研究の重要なアジェンダとなっていました。国際農業研究機関が舞台となり、育種・栽培・土壌学などの異分野連携チームによる主食作物品種改良に資源が集中投入された結果、様々な環境条件に適応し(気象的要因の克服)、化学肥料に反応して高収量で(土壌的要因の克服)、あらゆる病害虫抵抗性を持った(生物的要因の克服)品種が開発されました。近代的育種は、ローカルな生産環境制約の克服を可能にしましたが、同時に、少数の高収量品種の普及成功は遺伝資源多様性の喪失を意味しました。

 

高収量品種が地域を超えて普及し、化学肥料の多投入との併用で飢饉撲滅に貢献したことは、そのスケールインパクトから「緑の革命」と称されます。1970年代から2020年代までの50年間、世界人口は40億人から80億人へと倍増しましたが、それを上回るスピードでの食料増産を効率的な生産体制構築を通じて実現していきました。世界は少数のグローバルな作物種にカロリー供給の依存を強める一方、ローカルな生産環境制約、および社会経済条件は世界で極めて多様で、気象的要因・土壌的要因・生物的要因が複雑であるゆえに、ある程度均一な栽培条件を要する高収量品種と化学肥料のイノベーションが適用しづらい地域もありました。その結果、サブサハラアフリカ地域などでは、生産性が慢性的に低迷し、食料輸入への依存を強めると同時に、増える人口を養うための農地拡大が森林破壊・生物多様性喪失を伴っています。もともとのローカルな生産環境制約の多様性に加え、20世紀的な食料イノベーションの受容度が地域によって異なったことが、今日の世界の農業の多様性を規定しています。

 

現在、約1割の世界人口が栄養問題を抱えている一方、それを上回る数の人々が過体重や肥満を患っています。このような歪んだ栄養・健康状態に対応する食料システムは、「地球の限界(プラネタリーバウンダリー)」のうち、化学肥料(窒素・リン)循環、淡水利用、土地利用変化、生物圏の一体性、を超える主要因となっており、食料ロス・廃棄物等を含めれば、人為的な温室効果ガス排出量の3分の1近くに責任があります。地球の限界と地球沸騰化のフィードバック・ループのもと、安定的であった地球システム全体の物質循環のバランスが崩れ、極端気象(気象的要因の攪乱)・土壌劣化(土壌的要因の攪乱)・病害虫発生(生物的要因の攪乱)、の程度・頻度が増し、食料生産の行われるローカルな生産環境は全方位的な生物・非生物学的ストレス下に置かれる可能性があります。

 

今後2050年代までの30年間で、世界人口はサブサハラアフリカ地域やアジアの一部を中心にさらに20億人増えて約100億人に達することが予測されています。その間、食料システム温暖化加速・異常気象への適応と気候変動緩和への緊急対応が求められています。これからの食料イノベーションは、地球の限界と地球沸騰化というグローバル・スケールでの新たな生産環境制約のもと、育種・栽培技術の食料イノベーションを通じ、ローカルな生産環境における気象的要因・土壌的要因・生物的要因のストレスに対してレジリエントな食料システム構築を実現していくことが求められています。

 

そのためには、まず、近代的育種展開の中で失われてきた栄養に富む多様な遺伝資源を保全・回復し、作物が本来有している生物・非生物学的ストレス耐性を解明し、レジリエントな作物の育種・品種開発に活用していくことが必要です。一方、食料栄養安全保障と地球システムの安定化において、健全な土壌を中心とする炭素や窒素などの物質循環がカギを握っています。世界各地の土壌資源の化学的・物理的・生物的特徴および社会経済的条件を踏まえた栽培管理技術の開発が急務であり、従来の土壌学・農学・生物学・工学・社会経済学などの分野の垣根を超えた、異分野連携の重要性が増していくはずです。

 

これからの食料イノベーションのカギとなる、レジリエントな作物の育種・品種開発の仕組みづくり、および、食料栄養安全保障と地球システム安定化に資する技術開発に向けた異分野連携について、これからも積極的に情報発信を行っていく予定です。

 

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)

 

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