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799. 安全で公正な地球システム・バウンダリー

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799. 安全で公正な地球システム・バウンダリー

2009年、Stockholm Resilience CentreのJohan Rockström博士らは、地球システムが自らの回復力・強靭性 (resilience) を維持できる限界(プラネタリー・バウンダリー Planetary Boundaries=地球の限界)という概念を提唱し、「人類が安全に活動できる領域 (a safe operating space for humanity )」を提案しました。この概念では、食料システムとも密接に連関する、気候変動、生物多様性、土地利用変化、生物地球化学的循環、を含む9つのシステムを定義しています。人間活動が各システムの限界値を超えた場合、地球環境に不可逆的な変化が急激に起きる「転換点tipping points」に達する可能性があると警鐘を鳴らしています。人類の活動が地球システムに多大な影響を及ぼすようになり、地質学的に「人新世Anthropocene」という時代に突入してしばらく経ちますが、人類による地球の有限資源の過剰な搾取・濫用によって、食料システムとも密接に関連する上述のシステムは、グローバル・レベルで既に限界を超えているとされています。

地球システムの強靭性および人類の厚生は分かちがたく結びついています。一方、非持続的な資源の搾取・濫用の程度は、社会的経済的要因による部分も大きく、地球システムへの影響は国・社会層によって様々です。このため、人類の安全性および公正という観点から地球システムの限界を定義し、グローバルのみならず地域レベルで評価する必要性を訴える研究者もいました。

こうした背景を受け、5月31日、Rockström博士らが率いる国際研究者のグループが、Nature誌にて、「安全で公正な地球システム・バウンダリー Safe and just Earth system boundaries」論文を発表しました。

論文は、プラネタリー・バウンダリー概念に依拠しつつ、5つの極めて重要な地球システムの領域として、気候変動、生物圏、淡水、化学肥料使用、大気汚染、を指定し、それらに関する「Safe安全」および「Just公正」な限界を定義、地球システムの変化が人々にもたらしうる負のインパクトの数量化を試みました。この研究において、「安全Safe」は地球システムの安定性と強靭性を維持する限界を、「公正Just」は人類への負のインパクト(害:harm)を最小化しうる限界と定義され、二つ合わせて地球の健康を表すバロメーターに相当します。また、本研究が提案する安全・公正な地球システム・バウンダリーはローカルからグローバルな空間スケールで、極端なケースでは生物多様性の場合1平方キロメートルといったスケールで、の評価を可能にするとのことです。

研究者らは、モデル、文献レビュー、専門家としての判断に基づき、転換点リスクや地球システム機能の低下、歴史的な偏差や人類への影響、といった要因を考慮して評価を行いました。評価の結果、殆どのシステムにおいて、既に安全および公正な限界を超えていることが判明しました。

それぞれのバウンダリーについてみていきます。

気候変動 Climate boundary

現在、世界の平均気温は産業革命以前の気温よりも既に1.0℃を超えています。1.5℃や2.0℃を超える温暖化では転換点を引き起こすリスクが各段に高まるということで、パリ協定に沿って温暖化を1.5℃にとどめることを安全限界とする一方、公正の観点からはより厳格な限界を設定する必要があります。1.0℃の温暖化でも生存を脅かす湿球温度に晒される人々が増え、それ以上の温暖化は「誰も取り残さない」という原理に外れることから、公正および安全かつ公正な限界を1.0℃と設定、この限界に近日中に戻ることは困難であることから、負のインパクトを軽減するような適応策やロス&ダメージ対策が求められます。

 

生物圏 Biosphere boundaries

この研究において、生物圏の安全・公正限界を定義する上で、本研究は、グローバルなレベルで手つかずの自然エコシステムの保全、およびローカルレベルにおける都市や農村を含む全てのエコシステムの機能的な統合度、の指標に着目します。少なくとも自然エコシステムの50-60%を手つかずに保全することが安全限界で、公正限界にはとくに厳しい基準を適応することが求められます。地域レベルでは、人類の活動が中心的な農地・都市といったランドスケープでも1キロ平方キロメートルあたり20-25%は手つかずに残されるべきですが、現在、人間活動が支配的な地域の3分の2でこの基準は満たされていません。

 

淡水 Freshwater boundaries

淡水システムを均衡に保つには、表流水の流量変更を月単位で20%以下、地下水の使用を涵養以下に抑える必要があるという基準を提案しています。現在、表流水の流量については世界人口の半数以下を擁する66%の陸域でしかこの基準を満たしておらず、47%の地域で涵養ペースを超える地下水の濫用が起こっています。

 

化学肥料 Fertilizer and nutrient boundaries

農家が化学肥料を過剰使用すると、雨水によって窒素やリン肥料が河川や海洋に流れ込み、富栄養化をもたらし、エコシステムにダメージを与え、飲料水の質を劣化させます。研究では、水質汚染・温室効果ガス排出を最小化する農業窒素・リン余剰量を、グローバルおよび地域レベルで評価しました。一方で、多くの貧しい地域では十分な肥料へのアクセスがないという公正とは程遠い状況に置かれています。世界的に、窒素・リン肥料と使用は安全かつ公正な限界を大幅に超えているものの、肥料の使用を減らす必要のある地域がある一方で、食料安全保障の観点から窒素・リン肥料のアクセスの限られた低所得国への公正上の配慮も反映する必要があります。

 

エアロゾル汚染 Aerosol pollution boundary

本研究は、北・南半球の間でのエアロゾルの濃度差が、風・モンスーンパターンに代表される天候システムを攪乱するリスクで安全の限界を評価することを提案しています。一方、今のところ、エアロゾル濃度は天候を変える水準までは達していませんが、公正の観点から、世界の多くの地域は微粒子に起因する汚染(PM2.5として知られる)に晒され、毎年420万人の死因になっているとの推計もあり、汚染物質の早急な削減が求められます。

 


研究は、北・南半球のエアロゾル濃度差を除き、数量化した安全かつ公正な地球システム・バウンダリーの殆どが既に境界を越えていることを示しました。52%の世界の陸域において2つ以上の安全・公正なバウンダリーを超えており、これは86%の世界人口に影響を及ぼしていることに相当します。5%の陸域および28%の世界人口相当が複数のバウンダリーを超えています。地球システム境界超えのホットスポットは人口密度の高い地域に集中し、公正の面で深刻な世代間格差の懸念をもたらしています。

 

論文が提起した地球システム・バウンダリー概念は、政府が規制およびインセンティブに基づくシステムを導入し、実行のための政策環境を整えることを強調し、気候変動におけるパリ協定のような合意が、淡水・大気・エコシステム・肥料についても必要となることを示唆しています。

 


(参考文献)
Rockström, J., Gupta, J., Qin, D. et al. Safe and just Earth system boundaries. Nature (2023). https://doi.org/10.1038/s41586-023-06083-8

 

(文責:情報プログラム トモルソロンゴ、飯山みゆき)

 

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