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758. 貧栄養なアフリカの土壌における効果的な堆肥施用法の確立に向けて
758. 貧栄養なアフリカの土壌における効果的な堆肥施用法の確立に向けて
アフリカの人口は2050年までに現在の約2倍に増加するといわれ、食料安全保障が喫緊の課題となっています。しかしながら、アフリカにおける食料生産は伸び悩んでいます。その原因として、アフリカ大陸の広い範囲が風化の進んだ貧栄養な土壌に覆われていること、さらには、経済的な理由から農民が化学肥料を使って作物収量を増加させることが難しいことが挙げられます。加えて、世界的な穀物需要の増加やエネルギー価格の上昇を背景として、化学肥料の国際価格が急騰していることも大きな懸念となっています。
風化の進んだ土壌はなぜ貧栄養なのでしょうか。作物の生育に必要な養分の代表格としてリンが挙げられます。リンは土壌中に様々な形態で存在していますが、土壌の風化とともにその総量が少なくなることが知られています。また、リンには風化した土壌に多く含まれる鉄やアルミニウムの酸化物にくっつきやすく取れにくいという性質があります。そのため、風化した土壌にはリンが少なく、さらにその大部分は作物が吸収しにくい形で存在しています[1]。したがって、風化の進んだ土壌では、リンが欠乏しやすく、作物生育の律速となります。これが、アフリカの土壌が貧栄養である原因にもなっています。
貧栄養な土壌で農業を行うためには、作物の生育を良くするために肥料をあげることが必要です。しかし、多くのアフリカの農民にとって、化学肥料は高価なもので、購入して利用することは現実的ではありません。そこで肥料として使われやすいのが、家畜糞や植物残渣などの地域で利用可能な有機物資材に由来する堆肥です。こうした有機物資材を活用することで、コストを抑えられますが、農民が各家庭で作るため、生産量や質は安定しないという問題もあります。それでも化学肥料を購入することのできない農民にとっては貴重な肥料です。これを使って効率よく収量を上げるためには、どこにどんな堆肥を撒けば作物生育を向上できるのか、を知ることが重要となります。
アフリカの貧栄養な土壌における堆肥の効率的な施用法の確立に向けて、国際農研とマダガスカルのアンタナナリボ大学の研究チームは、マダガスカルの貧栄養な水田稲作圃場と、そこから採取した土壌を用いた温室内のポットを使った栽培実験を繰り返しながら研究に取り組んできました。その成果として、植物が吸収しやすいリンが土壌に少ないほど、さらに、標高が高く冷涼な環境にある水田ほど、堆肥の施用によってイネの増収効果が高まることがわかりました[2]。このことは、土壌に不足しているリンが堆肥から供給され、イネの生育を促進していることを示しています。一方で、リンが少ない土壌でも、土壌にリンをくっつけやすい鉄やアルミニウムの酸化物が多く含まれる土壌や、酸性度が弱い(pHが高い)土壌では、堆肥を撒いてもイネの増収効果はあまり期待できないこともわかってきました[3]。これらの情報は、イネの作付け前に水田土壌の性質を調べることで、その水田に堆肥を撒いたら十分な増収効果が得られるかどうかを判断する材料として活用することができます。さらに、農家ごとに作られる堆肥の性質を比べたところ、堆肥に含まれるリンの量が多く、堆肥中のリンに対しての炭素の割合が低いほうが、施用効果がより期待できる高品質な肥料となることも明らかになりました[3][4]。つまり、堆肥を作る際の材料として、牛糞よりもリンを多く含む豚糞や鶏糞を使うほうが、リンが不足する貧栄養な土壌において施用効果の高い効果的な堆肥となることがわかりました。
以上のように、農民がどこにどんな堆肥を撒けば、貧栄養土壌でも効率的にイネの生産性を向上できるのかが少しずつわかってきました。こうした情報は、マダガスカルだけでなく、風化の進んだ貧栄養な土壌が広がる多くのアフリカ地域における食料生産を改善するために重要な知見になることが期待されます。
本研究は、SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上(国際農研・辻本研究代表)」で実施しました。
[1] Nishigaki et al. (2019) https://doi.org/10.1007/s11104-018-3869-1
[2] Asai et al. (2021) https://doi.org/10.1080/1343943X.2021.1908150
[3] Rinasoa et al. (2023) https://doi.org/10.1016/j.fcr.2023.108906
[4] Rinasoa et al. (2022) https://doi.org/10.1002/jpln.202100266
【関連するページ】
国際農研アフリカ農業研究特設ページ
https://www.jircas.go.jp/ja/africa-research
335. 有機資材を活用して、マダガスカル稲作の低生産性を克服する
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20210713
354. 土壌が変われば肥料の効果も変わる ―きめ細やかな肥培管理の実現に向けて―
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20210811
698. 肥料入手可能性についての課題
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20230118
748. 最近の食料価格インフレと肥料問題
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20230331
(文責:生産環境・畜産領域 西垣智弘、浅井英利、辻本泰弘)