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335. 有機資材を活用して、マダガスカル稲作の低生産性を克服する

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335. 有機資材を活用して、マダガスカル稲作の低生産性を克服する

作物の生育には窒素やリンをはじめ10種類以上の土壌養分が必要とされ、一回の収穫ごとに使われた養分を補い続ける必要があります。

とくにリンはあらゆる生物にとっての必須元素であり、地球上におけるリンの存在量が、地球生態系のバイオマスの限界量を決定すると言われています。 他方、リンの循環システムは、人間が介入することは難しく、独自のしくみで自然界を循環しているとされます。植物を起点として考えた場合、

  • 植物が枯死するか、その植物を食べた動物が死ぬ
  • 微生物に分解され土壌に戻る
  • 再び植物の根から吸い上げられる

となります。この循環は焼畑等によらなければ10年単位の時間を要する一方、雨や風により海に流出したリンは海底で堆積し、プレートテクトニクスによって100万年以上かけてリン鉱床として地表に再び現れますが、リン鉱床は世界に限られた地域に分布しています。

農業のためにリンを補給するには、リン鉱床を掘り出して化学肥料として運んでくるか、動植物の死骸や糞尿を短期間で循環させるという、基本2種類の方法があります。20世紀以来展開してきた化学肥料を過剰使用する多投入型農業により、リン循環は地質学的なプロセスを大きく逸脱し、環境汚染をもたらし、地球の限界(planetary boundaries)を超えてしまったともされています。他方で、開発途上国の小規模農業セクターは、化学肥料としてのリンを補充する経済的余裕がなく、結果として土壌がやせ、慢性的な低生産に陥っています。

アフリカの島国マダガスカルでは、イネが最も重要な作物です。農家の85%が稲作に従事し、1人あたりのコメ消費量も日本よりはるかに多く、年間に100㎏のコメを摂取します(日本の1人当たりコメ消費量は年間53㎏)。しかし、コメの需要の全てを自国生産では賄えず、10%程度を輸入に頼らざる負えない状況です。その原因は、コメの収量が長らく低い水準で停滞していることによるものです。

同国の稲作面積の半分を占める中央高地には、他のアフリカ地域と同様に、養分の乏しい土壌が広がっています。中でもリンの不足が問題です。土にリンが存在しても、鉄やアルミニウムに強く吸着され、イネ植物体が吸えない形態になっていることが、低収量の要因です(Nishigaki et al. 2018)。技術的には、リンを含む化学肥料を大量に施肥すれば増収が可能です。しかし、マダガスカルを含めアフリカの自給農家にとって、化学肥料に依存した稲作は、経済的に重い負担となります。

マダガスカルの農村部では、高コストで手に入りにくい化学肥料よりも、地域の家畜糞や植物残渣から作る「有機資材」が多く使われています(Tsujimoto et al. 2019)。そこで国際農研では、化学肥料の代わりとして、農家が使える有機資材を有効活用するための肥培管理技術の開発に取り組んでいます。2021年にPlant Production Scienceに掲載された論文「Farmyard manure application increases spikelet fertility and grain yield of lowland rice on phosphorus-deficient and cool-climate conditions in Madagascar highland(有機資材の施用はマダガスカル高地の冷涼なリン欠乏条件において、水稲の稔実性と子実収量を増加させる)」では、栽培環境が異なる様々な農家圃場での実証試験の結果から、リン欠乏土壌に優先的に有機資材を施用することで、イネの生産性を効果的に改善できることを明らかにしました(下図)。また標高の高い地域では、リン欠乏は生育遅延とともに低温障害を引き起こしますが、有機資材を投入することで低温リスクを緩和できることも明らかになりました。放射性同位体を用いた実験から、水田に有機資材を投入すると、土壌中に吸着されたリンの可溶化が促進されることが観察されており(Tovo&Tsujimoto, 2020)、こうした有機資材の働きが熱帯のリン欠乏土壌における収量改善につながっている可能性が示唆されています

これらの結果は、化学肥料の輸入に頼らず、地域で利用可能な有機資材を有効活用することで、マダガスカルを含むアフリカの貧栄養土壌におけるコメの安定生産に貢献すると考えられます。

本研究は、SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上(国際農研・辻本研究代表)」で実施しました。


(参考文献)

  • 肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上(https://www.jircas.go.jp/ja/satreps
  • Asai et al. (2021) Farmyard manure application increases spikelet fertility and grain yield of lowland rice on phosphorus-deficient and cool-climate conditions in Madagascar highland. Plant Production Science (in press) 
  • (https://doi.org/10.1080/1343943X.2021.1908150
  • Nishigaki et al. (2019) Phosphorus uptake of rice plants is affected by phosphorus forms and physicochemical properties of tropical weathered soils. Plant Soil 435: 27-38. (https://doi.org/10.1007/s11104-018-3869-1)
  • Tovo&Tsujimoto (2020) Pronounced effect of farmyard manure application on P availability to rice for paddy soils with low total C and low pH in the central highlands of Madagascar. Plant Production Science 23: 314-321. (https://doi.org/10.1080/1343943X.2020.1740601)
  • Tsujimoto et al. (2019) Challenges and opportunities for improving N use efficiency for rice production in sub-Saharan Africa. Plant Production Science 22: 413-427.  (https://doi.org/10.1080/1343943X.2019.1617638)

(文責:生産環境・畜産領域 浅井英利)
 

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