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331. 養分供給力に乏しい土壌を克服する稲作技術 

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331. 養分供給力に乏しい土壌を克服する稲作技術の可能性

昨今の気候変動対策をめぐる議論では、食料生産における化学肥料の非有効利用が温室効果ガス排出に貢献していることが問題視されています。他方、アフリカなどの途上国地域における風化土壌では、化学肥料の効果が出にくく、農民による過小施用が低生産性の原因になってきました。開発途上国地域では、現場の土壌に合わせた作物品種開発と施肥方法の工夫を通じ、なるべく少ない化学肥料使用で高い収量達成を可能にする、言い換えると収量向上と環境配慮を両立させうる技術の開発が求められています。そのためには、土壌と作物の相互作用を詳しく理解する必要があります。

作物から収穫を得るためには、作物が土壌から三大栄養素である窒素(N)・リン(P)・カリウム(K)といった養分を得る必要があります。作物の収量を向上するには、土壌に十分な養分を化学肥料等のかたちで供給すること、土壌中の限られた養分を作物が効率よく吸収する能力を向上すること、の両方が必要となります。

アフリカ農業は長らく生産性の低迷に悩まされてきましたが、その最大の原因の一つが土壌の肥沃度の低さと作物による養分吸収効率性の低さ、にあります。とくにアフリカに広がる風化の進んだ土壌では、リンが不足するだけでなく、土壌中に豊富に含まれる鉄やアルミニウムがリンを強く吸着するために、リン肥料を施用しても作物に吸収されにくい問題があります。

この問題を打破するために、国際農研では、明治期に国内で実践されていた苗の根に骨粉を揉み付ける「揉付(もみつけ)」稲作手法に発想を得て、苗を泥に浸けてから移植するだけで多くのリンを株下にピンポイントで施用できるリン浸漬処理(P-dipping)技術の開発を進めてきました。同技術は、リン吸着能の高い熱帯の土壌でも優れた施肥効果を発揮し、少ない肥料でも効果的にイネ収量を改善できることが、マダガスカルの農家水田で実証されています。

P-dippingに関するプレスリリース

こうした施肥法の改善に加えて、作物の遺伝的特性、特に養分吸収に直接関わる根の特性を理解することで、土壌からのリンの利用効率をさらに高めることが期待できます。今回、Scientific Reportsで公表された研究では、 熱帯の多収品種IR64を背景に根の角度を変化させ、地表近くに多くの根を発達させる系統を用いた実験を行いました。その結果、浅い根の形状を持つ(浅根性)イネと組み合わせることで、P-dippingの効果がより高まる可能性を示しました。 ポットでイネを栽培して土壌中の根と可溶性リンの分布を観察したところ、表層に多くの根を発達させる地表根遺伝子(qSOR1遺伝子)の機能が、P-dippingで株元に形成された可溶性リン濃度の高いスポットからのリン吸収に寄与した可能性が示唆されました。

本研究の結果は、アフリカに広く分布するリン欠乏土壌に対する、効果的な栽培技術(局所施肥技術)と効率的養分吸収能力向上(イネの遺伝的な根系特性)との組合せ効果を示した先駆的かつ実用的な成果といえます。ここで得られた知見をもとに、今後、生産現場での効果の検証を進めて、リン欠乏が多くみられる熱帯の水田でのリンの施肥効率およびイネ収量の改善に繋げていきたいと考えています。

本研究は、SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上(国際農研・辻本研究代表)」とJST戦略的創造研究推進事業(CREST) ROOTomicsを利用した環境レジリエント作物の創出(農研機構・宇賀研究代表)との共同で実施しました。

 


(参考文献)

肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上https://www.jircas.go.jp/ja/satreps

ROOTomicsを利用した環境レジリエント作物の創出 https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/1111090/1111090_10.html

(文責:生産環境・畜産領域 辻本泰弘)

イネの根形特性と局所施肥P-dippingとの組み合わせ効果
図中の「P」は、P-dippingによって得られる株元周辺の可溶性リンの分布を示す。

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