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388. 食料生産向上と環境負荷削減の両立を可能にするイノベーション

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388. 食料生産向上と環境負荷削減の両立を可能にするイノベーション

2021年8月、IPCCは、人為的な活動による温室効果ガスの排出が、大気・海洋・陸上の気温上昇と急激な変化の原因であることは疑いの余地がなく、これらの人為的な変化が前例のない極端現象 をもたらしはじめて いると警告しました。 

9月17日のScience誌の論説では、IPCC報告書の中でも、とりわけ、人為的要因によってもたらされた海洋・極地における変化が不可逆となる可能性、そして2015年に合意されたパリ協定の「産業革命以来の世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える」という1.5℃目標の達成 が難しくなりつつあること、この2つの現実に対し、国際社会が温室効果ガス削減に向け、即座に行動をとることを呼びかけました。

11月にグラスゴーで開かれるCOP26を控え、国際社会は温室効果ガス排出削減へ向けた大胆で実効性のある公約 を示すことが求められています。しかし、世界が化石燃料の使用を今すぐに放棄したとしても、食料の生産・流通・消費の仕方、即ち食料システムを抜本的に見直すことなしに、1.5℃目標を達成することは不可能であると考えられています。そのため、我が国では、持続可能な食料システムの構築を急務と捉え、生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現させるための政策方針として「みどりの食料システム戦略」(農林水産省:令和3年5月)を策定し、推進しています。 

食料システム は、主に森林破壊や土地利用変化による二酸化炭素 (CO2)、水田や家畜部門からのメタン (CH4)、そして農地への窒素肥料の施用による亜酸化窒素 (N2O) の排出を通じて、世界の人為的な温室効果ガス排出の3分の1を占めています。

専門家の間では、短期的には、メタン排出削減による気候変動抑制に期待する声もあります。メタンは大気中に長く留まらず、分解される温室効果ガス であり、既に利活用可能な緩和技術が存在することがその理由です。  

他方、これまで増え続ける人口を支えてきた 近代農業では、食料生産と窒素肥料施用の間には明確な相関 がある一方で、食料生産のための窒素肥料施用は、二酸化炭素の300倍ほどの温室効果がある亜酸化窒素の排出を常に引き起こしてきました。土壌の硝化菌による「硝化」により、窒素肥料が土壌粒子に吸着しにくい硝酸態窒素に変換されることで、溶脱・流出されると共に、最終的に、強力な温室効果ガスである亜酸化窒素にも変換されてしまうのです。

国際農研とパートナーは、長年にわたり、この矛盾 を解決するためのイノベーション ―生産性向上と環境負荷削減を両立する生物的硝化抑制(BNI)を向上させた作物の開発 - に取り組んできました。BNI技術とは、植物自身が土壌の硝化菌の「硝化」を抑制する物質を生産する現象を活用する技術 であり、少ない窒素肥料を土壌粒子に吸着されるアンモニア態窒素(アンモニウム)として効率よく作物に活用させ、食料生産を確保することが出来ます。この努力が実を結びつつあります。国際農研とパートナーのチームは、コムギ近縁の野生コムギ、オオハマニンニク(Leymus racemosus)に由来するBNI能を付与した多収のBNI強化コムギを開発しました。

コムギは最も重要な穀物の一つで、世界の化学肥料のほぼ5分の1を使用します。このたび、オンライン科学誌であるAnthropoceneの9月10日 掲載記事で、国際農研の成果が紹介されました。  記事では、 BNI強化コムギにおいて、根圏土壌からのN2O排出が25%削減された実験結果を引用し、このイノベーションが、世界の多くの人々に対する食料安全保障を維持しつつ、農業部門での温室効果ガス排出に貢献する、コムギ生産システムにおける生産性向上と環境負荷の削減の両立 の可能性について論じました。 


参考文献

A wild grass gene endows wheat with the power to intercept fertilizer pollution. By Emma Bryce September 10, 2021. Anthropocene.  https://www.anthropocenemagazine.org/2021/09/a-wild-grass-gene-endows-w…

Subbarao, et. al. “Enlisting wild grass genes to combat nitrification in wheat farming: A nature-based solution.” PNAS. 2021. https://www.pnas.org/content/118/35/e2106595118

(文責:生産環境・畜産領域Guntur V. Subbarao、生物資源・利用領域 吉橋忠)
 

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