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372. 地球に優しい、少ない窒素で高い生産性を持つスーパー・コムギの開発に成功

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372. 地球に優しい、少ない窒素で高い生産性を持つスーパー・コムギの開発に成功

2009年にストックホルム・レジリエンス・センター所長ロックストロームらが提唱したプラネタリーバウンダリー(地球の限界)では、気候変動、生物多様性、土地利用の変化、窒素の生物地球化学的循環が既に危機にあるとされています。この全ての危機に食料を生産する農業が関与しています。農地拡大に伴う森林破壊は種の絶滅を引き起こすと共に、二酸化炭素、過剰な化学肥料使用は亜酸化窒素、畜産や水田からはメタンがそれぞれ排出され、農業は人為的温室効果ガス排出の約1/4、これにフードロス等を含むと3割を占めているとされています。

2050年までに世界人口は100億人近くになると予測される中、食料確保に必須である食料システムの生産性を犠牲にすることなく、環境負荷を最小化するイノベーションが必要とされています。そのためには、地球規模の物質循環の中で、作物と土壌及び土壌微生物叢の相互作用を科学的に理解しつつ、作物の持つ潜在的な力を効率よく利用する技術が求められます。

生物的硝化抑制(BNI)技術とは、作物によって、土壌の硝化菌が窒素肥料を硝酸態窒素へと酸化する「硝化」を抑制する現象を活用する技術です(図1)。「硝化」により、窒素肥料は土壌粒子に吸着しにくい硝酸態窒素に変換されるため、溶脱・流出と共に、CO2の298倍もの強力な温室効果のある亜酸化窒素も生じます。このため、BNIを活用することで、より少ない窒素肥料で効率よく作物に窒素を活用させることが出来ます。これに伴い、硝酸態窒素の溶脱・流出も抑えられ、亜酸化窒素排出も抑えられます。

今回、国際農研は、国際コムギ・トウモロコシ改良センター(CIMMYT)、バスク大学、日本大学生物資源科学部と共同で、高BNI能を持つ野生コムギ近縁種であるオオハマニンニク(Leymus racemosus)との属間交配により、オオハマニンニクに由来するBNI能を付与した多収のBNI強化コムギを開発しました(写真*)。本研究の成果は、著名な科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America (PNAS)』オンライン版(日本時間2021年8月24日)に掲載されました。BNI強化コムギは、土壌の硝化速度を低下させ、亜酸化窒素排出量を低減し、少ない窒素施肥量においても、収量が減らないで、穀粒の蛋白質含量や、製パン特性については差がありません。

BNI強化コムギは、先進国、開発途上国を問わず、コムギ生産システムにおいて、カーボンニュートラル達成へのポテンシャルを持ちます。我が国では、5月、農林水産省が公表した食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」の中で「温室効果ガスと水質汚濁物質を削減する地球にやさしいスーパー品種等の開発・普及」の中で有望技術として言及されました。また、世界資源研究所(WRI)が5月に上梓したデンマークの農業におけるカーボンニュートラルに向けた”A Pathway to Carbon Neutral Agriculture in Denmark”でも、BNI強化コムギは有望な緩和技術として紹介されています。

国際農研は世界各国の研究機関と形成しているBNI国際コンソーシアムと共に、BNI研究を推進していきます。また、世界第2位のコムギ生産国であるインドの実情に応じたBNI強化コムギの開発により、BNI技術を用いた窒素利用効率に優れたコムギの栽培体系を確立する予定です。そして、将来的には、世界の約2億2500万haものコムギ生産地域に向け、様々なコムギ品種にオオハマニンニク由来のBNI能を付加してゆくことで、近代農業からの環境負荷である窒素損失を低減し、生産性を向上させながら、地球温暖化を緩和することを目指します。
 
(写真*は、国際農研の圃場におけるBNI強化コムギとその親系統-2021年5月撮影:BNI強化コムギでは良好な生育をしているものの、親系統は窒素欠乏により葉が黄色に変色)


(参考文献)

世界初!少ない窒素肥料で高い生産性を示すコムギの開発に成功 ―窒素汚染防止と食料増産をアンモニウムの活用で両立― https://www.jircas.go.jp/ja/release/2021/press202107 

GV Subbarao, M Kishii, A Bozal-Leorri, I Orits-Monesterio, X Gao, MI Ibba, H Karwat, MB Gonzalez-Moro, C Gonzalez-Murua, T Yoshihashi, S Tobita, V Kommerell, HJ Braun, M Iwanaga, Enlisting wild grass genes to combat nitrification in wheat farming: A nature-based solution, Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America (PNAS) DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2106595118


(文責:生物資源・利用領域 吉橋 忠、生産環境・畜産領域Guntur V. Subbarao)


 

図1 地球規模の窒素循環とBNI強化作物