研究成果

世界初!少ない窒素肥料で高い生産性を示すコムギの開発に成功
―窒素汚染防止と食料増産をアンモニウムの活用で両立―

関連プログラム
環境

令和3年8月31
国際農
国際コムギ・トウモロコシ改良センター
バ ス ク 大 学
日本大学生物資源科学部

世界初!少ない窒素肥料で高い生産性を示す
コムギの開発に成功
―窒素汚染防止と食料増産をアンモニウムの活用で両立―

ポイント

  • 多収コムギ品種に野生近縁種の持つ高い生物的硝化抑制(BNI)1)能を付与した、世界初のBNI強化コムギの開発に成功
  • BNI強化コムギは硝化を抑制しアンモニウムを効率よく活用するため、研究では、6割少ない窒素肥料でも生産性を維持
  • 世界で約2億2500万haを占めるコムギ農地からの温室効果ガス排出や水質汚染の低減に期待

概要

 国際農研は、国際コムギ・トウモロコシ改良センター(CIMMYT)、バスク大学、日本大学生物資源科学部と共同で、窒素肥料の量を減らしても高い生産性を示す生物的硝化抑制(BNI)強化コムギの開発に成功しました。
 開発したBNI強化コムギは、高いBNI能を持つ野生コムギ近縁種であるオオハマニンニク2)属間交配3)により、多収品種にBNI能を付与した系統です。この過程で、オオハマニンニクの持つBNI能を制御する染色体4)領域を特定し、交配によるBNI能の導入を可能としました。
 また、BNI強化コムギは、土壌中のアンモニウムの硝化5)を遅らせることで、土壌のアンモニウム濃度を向上させ、低窒素環境でもコムギの生産性を高めることができます。本研究は農林水産省「みどりの食料システム戦略」にも位置付けられています。
 世界の約2億2500万haものコムギ生産地域に向け、様々なコムギ品種にオオハマニンニク由来のBNI能を付加することで、硝化による農地からの温室効果ガス排出や水質汚染を低減し、生産性を向上させながら、地球温暖化を緩和することが期待できます。

 本研究の成果は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America (PNAS)』オンライン版(日本時間2021年8月24日)に掲載されました。

<関連情報>

予算
運営費交付金プロジェクト「生物的硝化抑制(BNI)技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発

発表論文

論文著者
GV Subbarao, M Kishii, A Bozal-Leorri, I Orits-Monesterio, X Gao, MI Ibba, H Karwat, MB Gonzalez-Moro, C Gonzalez-Murua, T Yoshihashi, S Tobita, V Kommerell, HJ Braun, M Iwanaga
論文タイトル
Enlisting wild grass genes to combat nitrification in wheat farming: A nature-based solution
雑誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America (PNAS)
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2106595118

問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修
研究推進責任者:国際農研 プログラムディレクター 林 慶一    
研究担当者:国際農研 生産環境・畜産領域 グントゥール V. スバラオ
      国際農研 生物資源・利用領域 吉橋 忠    
広報担当者:国際農研 情報広報室長 大森 圭祐    
      プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp

本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。

※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。

開発の社会的背景

 近代農業は、化石燃料の使用により工業的に大気中の窒素を固定した、窒素肥料を農地に投入することで成り立っています。しかし、施肥された窒素肥料の過半は、作物に利用されずに農地外へと溶脱・流出しています。この窒素肥料の損失の多くは、土壌細菌による「硝化」を原因としています。

 硝化は、土壌の硝化菌が窒素肥料を構成するアンモニア態窒素(アンモニウム)を、硝酸態窒素へと酸化する反応経路で、地球の窒素循環にとって、非常に重要な過程です。しかし、畑地作物の生産性向上のために過剰な施肥が行われると、過度な硝化によって、余分な硝酸態窒素が生み出されます。

 硝酸態窒素はマイナスの電荷を持ち、土壌粒子に吸着されにくいので、雨が降れば作土に留まらずに地下へと流出しやすいことから、畑地作物にとって利用しにくい窒素形態です。作物に吸収されずに溶脱した余剰な硝酸態窒素は、飲料水としての地下水の汚染や、富栄養化など水圏環境の悪化を引き起こします。また、アンモニウムが硝化するときには、CO2 の298倍もの温室効果のある亜酸化窒素(N2O)も生じます。

 硝化菌による硝化を抑制する技術は、作物の窒素利用効率を向上させるだけでなく、窒素肥料の損失と環境汚染を減らし、地球温暖化の緩和に繋がります。特に、コムギは三大穀物の1つで、世界で最も広く栽培されている作物であるため、窒素利用効率の向上による窒素肥料の損失と環境汚染の低減が、強く求められています。

研究の経緯

 国際農研では、作物自身が根から物質を分泌し硝化を抑制する現象「BNI: Biological Nitrification Inhibition」(図1)に着目し、BNI 国際コンソーシアム6)を通じて、世界のBNI研究を主導しています。国際農研は、窒素汚染防止と食料増産を両立する解決策として、BNIを使った「アンモニウムの活用」7)を提案しました(国際農研プレスリリース:令和3年6月1日)。BNIを応用した技術は、品種の入れ替えのみで、新たな投入を必要としない天然由来の技術であり、作物の根周辺でより強い活性を示すため、生態系を撹乱する恐れも少ないことから、生産現場に導入しやすい技術です。BNI能を強化した作物の活用による生産力向上と持続性の両立は、「温室効果ガスと水質汚濁物質を削減する地球にやさしいスーパー品種等の開発・普及」として期待されています(みどりの食料システム戦略8):令和3年5月12日 農林水産省策定)。

 これまでに、研究グループはクリーピングシグナルグラス(熱帯牧草)やソルガム、トウモロコシといったイネ科の作物からBNI能を見出し、土壌中で硝化抑制を示すことを明らかにしています。しかし、コムギでは、BNI能の高い系統が見つかっておらず、野生コムギ近縁種であるオオハマニンニク(Leymus recemosus)に、強いBNI能があることしか分かっていませんでした。研究グループは、属間交配を行うことで、コムギの染色体をオオハマニンニクの染色体に置き換えた異種染色体添加系統9)を作出し、オオハマニンニクに由来するBNI能を付与したBNI強化コムギの開発を目指しました。

研究の内容・意義

  1. 属間交配によりコムギの3B染色体短腕4)を野生コムギ近縁種のオオハマニンニクの染色体で置き換え、コムギにBNI能を付与しました(図2)。
  2. オオハマニンニク由来のBNI能を持つ多収国際コムギ品種「Munal」では、BNI能が親系統の根乾物1g、1日あたり92.7 ± 12.1 ATU(アリルチオ尿素当量10))からBNI強化Munalでは181.7 ± 22.3 ATUとなり、2倍程度まで強化され、圃場において根圏土壌の硝化菌数の抑制、硝化速度の低下と、N2O排出量の低下(図3)が見られ、農地からの環境負荷が低減しました。
  3. これに伴い、コムギの窒素代謝が変化し、葉の硝酸量、硝酸還元酵素活性の低下や、グルタミン合成酵素活性の上昇など、コムギがアンモニウムを活用する代謝が活発になることが観察されました。さらに、低窒素施肥条件では、地力窒素(土壌中の有機態窒素)からの窒素取り込み能が向上しました。
  4. 「BNI強化Munal」のバイオマス生産量、子実収量(図4)、窒素吸収量は施肥量に関わらず、親系統に比べ有意に高くなり、250 kg/haから100 kg/haへ6割の窒素施肥量を削減しても生産が減らないことが分かりました。一方で、コムギ品質の国際的な標準項目である、穀粒のタンパク質含量(強力・薄力の違い)と製パン特性(膨らみや硬さ等、図5)については差がありませんでした。
  5. オオハマニンニクの持つBNI能を制御する染色体領域を特定し、コムギ品種への交配によるBNI能導入が可能となりました。

今後の予定・期待

 国際農研では、「みどりの食料システム戦略」の実現のため、BNI国際コンソーシアムと共に、地域の実情に応じたBNI強化コムギ系統の開発と、コムギ以外の作物の持つBNI能の活用に向けた研究を進めています。

 本研究で開発したBNI強化コムギは、土壌におけるアンモニウムの酸化(硝化)を遅らせることで、土壌のアンモニウム濃度を向上させ、低窒素環境でもコムギの生産性を高めることができます。

 今後、国際農研をはじめとする研究グループは、世界第2位のコムギ生産国であるインドのコムギ生産地域において、BNI技術を用いた窒素利用効率に優れたコムギの栽培体系を確立する予定です。そして、将来的には、世界の約2億2500万haものコムギ生産地域に向け、様々なコムギ品種にオオハマニンニク由来のBNI能を付加することで、近代農業からの環境負荷である窒素損失を低減し、生産性を向上させながら、地球温暖化を緩和することが期待できます。

 国際農研は、世界の共同研究機関と共に、地球にやさしく高効率なBNI強化コムギを活用した食料システムの開発を推進していきます。

用語の解説

1) 生物的硝化抑制(BNI)

生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition)は、植物自身が根から物質を分泌し硝化を抑制することを指しています。

2) オオハマニンニク

学名 Leymus racemosus (Lam.) Tzvelevの多年生イネ科植物です。ユーラシア大陸の砂地に分布する野生コムギ近縁種で、コムギとは全く異なる生態、形態を持ちます。通常、コムギとは交配できませんが、属間交配の手法により、交配することが可能です。

3) 属間交配

異なる属に属する生物間の交配のことです。コムギでは、属間交配を抑制する遺伝子が知られており、この遺伝子を持たないコムギ品種を用い、さらに胚培養法を活用することで、近縁、遠縁の植物との雑種を作ることができます。

4) 染色体

コムギは7本の染色体の6倍体で合計42本の染色体を持ちます。パンコムギは進化の過程で、3つの祖先種との自然での雑種形成を通じて出来上がっています。それぞれはAA BB DDと表記されます。開発したコムギでは、コムギ3B染色体短腕が野生コムギ近縁種、オオハマニンニクの染色体に置き換わっています。

5) 硝化

硝化は、微生物(硝化菌)がアンモニア態窒素(アンモニウム)から硝酸態窒素へと酸化する経路のことです。作物の根圏土壌の硝化速度を低く維持できれば、作物による施肥窒素の吸収は増加して窒素利用効率が向上し、結果として減肥が可能となるとともに、硝酸態窒素に起因する環境問題の解決へと繋がります。

6) BNI国際コンソーシアム

国際農研を中心としたBNI研究に関わる機関によって、2015年に結成された国際的な組織です。2年に一度、BNI研究の進捗を共有することに加えて、今後のBNI研究をどう進めるか、BNI能を農業の現場で使える技術として発展させるために必要な研究は何かなどを議論しています。

7) アンモニウムの活用

アンモニウムとは、化学式NH4+の分子イオンのこと。植物は、窒素源としてアンモニウムと硝酸態窒素の両方を利用することができます。国際農研は、BNIを使い土壌における硝化を遅らせ、土壌粒子に長く保持されるアンモニウムを作物に活用させることを、窒素汚染と食料増産への解決策として提案しており、令和3年6月1日にプレスリリースしました。

8) みどりの食料システム戦略

食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するため、中長期的な観点から戦略的に取り組む農林水産省の政策方針であり、令和3年5月12日に策定されました。
BNIについては、以下URLのp.10に「地球にやさしいスーパー品種等の開発・普及」として掲載されています。
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/index-7.pdf

9) 異種染色体添加系統

特定の異種染色体のみを持つ系統。コムギとオオハマニンニクの属間交配による雑種を作出したのち、特定のオオハマニンニク由来の染色体のみを持つ系統をコムギとの戻し交配により作成します。

10)  アリルチオ尿素当量(ATU)
BNI活性の指標です。硝化菌 Nitrosomonas europaea での硝化を阻害するアリルチオ尿素により、硝化が80%抑制される濃度である0.22µMを1ATUとし、BNI活性の強さを定量、比較します。
図1. 土壌中における窒素肥料の変換過程(硝化)と生物的硝化抑制(BNI)

図1. 土壌中における窒素肥料の変換過程(硝化)と生物的硝化抑制(BNI)

図2. BNI強化コムギ(例:BNI強化Munal)

図2. BNI強化コムギ(例:BNI強化Munal)

オオハマニンニクのBNIを制御する染色体領域を、多収コムギ系統Munalに交配により導入。圃場試験において、BNI強化Munalは親系統に比べ少ない窒素でも良好に生育する。本図の低窒素環境では、親系統は窒素欠乏(葉色に黄味がある)の症状を示している。

図3. BNI強化Munalの根圏土壌(根に付着する土壌)からのN2O排出量

図3. BNI強化Munalの根圏土壌(根に付着する土壌)からのN2O排出量

親系統及びBNI強化Munalの圃場試験の根圏土壌からのN2O排出量は、BNIの効果により25%程度低減され、窒素肥料由来の温室効果ガスの排出を抑制する。
図4. BNI強化Munalの窒素施肥と収量

図4. BNI強化Munalの窒素施肥と収量

BNI強化Munalでは、オオハマニンニク由来のBNIにより、全ての施肥水準で高い収量となり、低い施肥水準でBNIの効果が強くみられる。

図5. BNI強化Munalの製パン特性

収穫されたコムギの製パン特性(膨らみ、硬さ、焼色、触感、食感、香り、味)には有意な差は見られなかった。