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306. 生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition; BNI):窒素肥料利用による食料供給確保と環境負荷低減の両立を可能にするブレークスルー

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現代の農業は、十分な食料供給を確保しつつ、農業にともなう環境ダメージを最小化するという大きなジレンマを抱えています。窒素肥料は作物の生育に欠かせず、従来、農民は窒素肥料投入を増加させることで土地単位当たり食料増産を達成し、農地拡大による森林破壊等を抑えてきました。しかし同時に、窒素肥料は温室効果ガスや地下水汚染の原因にもなってきました。土壌中の窒素をアンモニウムの形で保持することが、食料増産と環境汚染のジレンマを解決する決定打となる可能性があります。6月1日付の著名学術誌の一つである米国科学アカデミー紀要(PNAS)誌にて、こうした議論に関する国際農研研究者らの意見が発表され 、国際農研プリンストン大学のプレスリリースでも発表されました。
 

2050年までに、世界人口は途上国を中心に20億人増えて約100億人に達すると予測されています。現状の食料生産システムの下では、食料増産をしつつ森林破壊を回避するために、土地当たりの収量を増やそうとすれば窒素肥料の増加は避けられず、環境汚染が悪化することが懸念されています。窒素肥料の施肥方法を工夫することで汚染を最小化する方法もありますが、窒素肥料は農地で土壌微生物により急速に硝酸に変換(「硝化」)され、地下水に溶けやすくなり、また、二酸化炭素の310倍の温室効果ガスである亜酸化窒素として大気中に排出されてしまうことが知られています。

国際農研やパートナーによる研究により、土壌微生物の活動を抑制することで、土壌のアンモニウム濃度を改善できる可能性を持つ作物があることが分かりました。窒素肥料として農地に施用されたアンモニウムは、「硝化」の最初の段階を止めることが出来れば亜酸化窒素に変換されることはありません。多量のアンモニウムは多くの作物にとって有毒ですが、土壌に保持されやすいアンモニウムを硝酸と組み合わせることで、硝酸のみの場合よりも50%以上の作物収量向上を達成することも可能とされます。

しかし、この方法は、土壌微生物が急速にアンモニウムを硝酸に変換する「硝化」のため、最近まで実用的ではありませんでした。著者らはいくつかの作物において、土壌微生物による「硝化」を防ぐ能力、生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition; BNI)を見出しました。この能力により、窒素肥料の環境負荷が低減されると共に、植物が吸収する窒素の形態がバランスよくなります。国際農研の研究者たちは、主要作物の中にBNI形質を強化することが出来ることを見出し、根系のBNI能を強化したコムギ品種を開発しています。土壌中の硝化を抑制するBNI強化作物の栽培により、食料増産と環境劣化抑止の二つの目標を達成することができます。これらから、論文では、従来の肥料への補助金のかわりに、硝化を抑制できる肥料・化学物質・作物の開発への支援を訴えています。

昨今の食料システム をめぐる議論では、食料生産が環境に及ぼす影響を最小化するために化学肥料や農薬の使用をなるべく削減することを可能にする技術革新が求められています。国際農研はBNI国際コンソーシアムを通じて、これらの地球規模の問題に大きく貢献することが期待される、重要な緩和技術である生物的硝化抑制(BNI)の開発において、世界のパートナーをとりまとめる役割を担ってきました。また、BNI技術は、日本政府、成長戦略会議の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」や農林水産省が5月に公表した「みどりの食料システム戦略」でも注目されています。


参考文献

国際農研プレスリリース:窒素汚染と食料増産への解決策「アンモニウムの活用」
― 硝化の制御で窒素汚染と食料増産を図る生産システムを ― 

G. V. Subbarao, Timothy D. Searchinger  Opinion: A “more ammonium solution” to mitigate nitrogen pollution and boost crop yields. Proceedings of the National Academy of Sciences Jun 2021, 118 (22) e2107576118; DOI: 10.1073/pnas.2107576118


(文責:生産環境・畜産領域 Guntur V. Subbarao、吉橋忠)


 

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