第7回JIRCASサイエンスカフェ開催報告

国名
日本

国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、最近のセンターの活動や研究者の取り組み状況について情報発信するため、JIRCASサイエンスカフェを開催しています。
第7回目は、平成26年10月14日(火)、石巻専修大学の2号館3階の教室において、理工学:高崎みつる教授のご協力により、『放射性物質汚染に関する汚染被災地の現状と課題「放射性物質拡散からこれまでの現状と除染・除染廃棄物処理・農業再生に向けて」』と題して開催しました。

国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、最近のセンターの活動や研究者の取り組み状況について情報発信するため、JIRCASサイエンスカフェを開催しています。

第7回目は、平成26年10月14日(火)、石巻専修大学の2号館3階の教室において、理工学:高崎みつる教授のご協力により、『放射性物質汚染に関する汚染被災地の現状と課題「放射性物質拡散からこれまでの現状と除染・除染廃棄物処理・農業再生に向けて」』と題して開催しました。

講演者の当センター企画調整部技術促進科 万福裕造主任研究員は、震災以降行政支援として福島県飯舘村復興対策課に派遣され、行政と住民と一緒になって問題解決へ向けて研究をしています。

今回は、震災以降の現地の課題を紹介するとともに、放射性物質汚染からの再生の難しさについて講演しました。

(サイエンスカフェから現地見学会を実施した後の感想)

  • 村の人達の間で失われた政府への信頼を取り戻す為に辛い経験をされていることを聞いて、大変な経験をしながらも飯舘村復興に掛ける思いが伝わってきました。飯舘村は風評被害で苦しむ村であることを行って初めて知りました。子供や母親の声より、高齢者の方の話が多く出ているメディアは、偏っているのではといった感じもした。
  • テレビ新聞では原発被害にあった村の実態を(津波被害に比べ)あまり取り挙げられ無かった様に思う。原発事故後の風評被害の大変さや住民の話を直接聞くことが出来とても良い経験になった。少しでも再生の手伝いを出来たら良いと思う。
  • 原発事故後は野菜等福島産が売れなくなったことでしたが、安全な物であれば福島産でも買う、に挙手しました。万福さんの話は私の知らない原発の話もあって、貴重な学習になりました。今回の学習で原発事故関連情報はテレビに報道されていることが全てでなく、現地を見ることが大切だと気付かされ、今回の学習で学んだものは大きなもので、後世にも伝えることが出来ると思います。
  • 除染で出た土等の処分場所は決まっていない。それが自分たちや他の地区の汚染源になるのが心配なのは当然。
  • お話の中で、除染で田んぼ表面の土を取り除いた後に砂を入れても、代掻きをすれば砂は下に下がるので稲は良く育つ実績を示されました。稲が育ったこととは良いのですが、疑問は、土の成分の大きな変化があっても震災前と同じように作物が育つのかといったことです。稲作に向いた土壌の条件として学んだことと異なる点はどうなっているのか、ことに有害な病原菌を補食し根からの養分吸収を助ける土壌微生物の棲み易さや活性が、砂で置き換えた水田と除染前の水田で同じなのか、水はけの良さと肥料分や水持ちはどうなのか?などです。これまで土づくりを長年続けて来た農家の考え方を変えるには、稲が育っただけでは説明しきれないことも多くあって、なかなか難しいと感じました。
  • 事前学習で印象に残った言葉は、「住民は原発事故から約3ヶ月間放置されていたため、国に対しての信頼が薄い」といったものです。国への信頼が薄いために国の発表する情報もあまり信用されず、それが福島復興へ悪い影響を与えているのだと思います。黒い袋が山積みになっていて、除染対象のとても多いことで、除染と言ってもかなり大変な作業だと実感しました。
  • 3年半過ぎたいま、除染は進んでいてもまだ敷地内にフレコンパックが置かれている状況で中間処分場へ持っていきたくても難しいこと、砂の入ったフレコンパックで除染済み土壌等の入ったフレコンパックを囲み、さらにシートで覆っている様子を見て、除染活動の終わりが見えないなぁと感じました。
  • 飯舘村に入って目にした黒いフレコンパックが見え初めました。事前学習でこのフレコンパックが170万体も出るといった話を思い出し、改めて第一原発事故の影響の大きさを実感しました。飯舘村では環境省が一等地(平地)をフレコンパック置き場にしようとしていることは疑問に思いました。
  • テレビ等で見た福島の除染は、作業員が防護服を着ていていかにも危険な場所といったイメージだった。現在はそうでないが、現在テレビでは原発関連の報道はメルトダウンがどうのこうの、冷却水がどうのこうの、といった映像ばかり流れている。原発以外の場所の状況が分からないので、初期の危険な地域のイメージが残っている。
  • テレビでしか見たことの無い世界で、どこか違う国のようだと思えてしまう程私には想像出来ないことが起こっていた。せっかく除染した平地で農業再開をしたくても、多くの平地に黒い袋を置いていて、自立の為の農業は出来ない現状があった。
  • 原発事故の時の国の対応が遅かったため、国は信用されていないことが分かり、やはり迅速な対応は大切だと思う。
  • 被災していない人たちの関心が足りない気がしました。多くの日本人は(岩手内陸出身の学生)放射能汚染の地域の野菜等は危険で食べたら体に異常が出ると思っています。確かに福島の土には高い放射能が含まれていますが、そこで作られた野菜からはほとんど放射能が検出されず、お米は糠を落とせば食べられるとのことでした。食べられない;体に悪いといった決めつけから風評被害は出るのだと思います。故郷とは本当に大切なものです。
  • 雨が降ると凄い量の放射量が山から川に流れることが分かりました。海外の人が原発事故と放射能に関心と嫌悪感のあることがよく分かりました。海が日本のものだけでなく世界のもの、原発事故も日本の問題だけでないことを再認識しました。飯舘村の農業は再開されている気配が全然無く、復興には時間が掛かるんだなぁと思いました。
  • 今回の学習と見学会で、被災地の人と国との意思疎通がうまく出来ていないことが改めて分かりました。話を理解して貰えないのは不満や苦情が多いのは、国の説明が足りないことや、国が信用されていないことが原因と思っていました。住民が話を聞く気になっていないのも原因だと思います。
  • 正直に言うと、私は隣の宮城県出身であるのに、第一原発事故にそこまで興味や関心はありませんでした。また飯舘村は見学に行けるのだから、そこまで被害は被っていないだろうと甘い考えでした。しかし飯舘村の現状を見て愕然としました。まるでピラミッドの様に積上っているフレコンパックの山が飯舘村のあちこちに置いてあり、その異様な景色に唖然としました。除染後の仮置き場が決まらない問題のあることが深刻です。
  • 私が疑問に思っていることは、山の土の放射能が雨によって川に流れ込み、放射能を含んだ川の水を水田へと引いてしまうと除染した意味が無くなるのでは無いかということである。また最終的に除染作業で出た廃棄物をどのように処理していけば良いのかというのも疑問の一つである。

多数のご意見・ご感想を頂きました。
ありがとうございました。

今後のサイエンスカフェにもご期待ください。

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