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1280.ストレスの総合商社~マルチストレス時代~(寳川通信7)

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1280.ストレスの総合商社~マルチストレス時代~(寳川通信7)

 

近年、予測困難な気候変動により作物生産の安定多収化はより困難となってきています。そのため、環境ストレスへの作物の体制強化、強靭化が強く求められています。一方で、これまで作物のストレス耐性の研究は単独のストレスに対する応答や遺伝的改良に終始することが主でした。しかしながら、実際の農地で作物は単一ではなく複数のストレスが組み合わさったマルチストレス条件下で栽培され、生育や収量が制限されることがしばしば起こります。

例えば、熱帯作物資源プロジェクトのサトウキビ課題で共同研究を実施しているタイ東北部は雨季と乾季が明瞭な熱帯サバンナ気候でサトウキビ、イネ、キャッサバ、ピーナッツが栽培されています。そこでは、土壌が砂質で保水性が悪いことに加え、強酸性土壌が卓越しており、根を伸ばしにくいため、乾季の干ばつ時のダメージが大きい地域です。加えて、土壌塩類濃度が高い圃場も多く、雨季には洪水害も生じます(Jaiphong et al. 2016;Santanoo et al. 2023)。夏場は高温・強日射となるため、ストレスにより蒸散が抑制されると葉の温度が上がり高温ストレスが甚大化します。このように、複数のストレスの組み合わさったマルチストレス条件下で栽培される作物は少なくありません。ありとあらゆるストレスが混在することから、ある先生はこれを「ストレスの総合商社」と呼びました。

特に、マルチストレス研究は、栽培期間が長く環境の影響が大きくなるサトウキビなどの多年生作物で非常に重要であり、性急な課題と言えるでしょう。国際農研でもそのような取り組みによる顕著な成果が出ています(乾燥と過湿に同時耐性を持つササゲ遺伝資源を発見―気候変動による極端気象に強い品種開発の重要な基盤に― | 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS)。しかしながら、複数のストレス処理区の設置など実験系が複雑となるため研究者にとって非常にチャレンジングであり、これまでは実施例が少なかったのだと思われます。多点を迅速に評価可能なシステムを構築し、表現型評価を迅速化するフェノタイピング技術の向上はマルチストレス研究に役立つと考えられます(Araus et al. 2023)。また、表現型可塑性に関連する遺伝領域の特定や、遺伝子発現の解析によるストレスの簡易評価、成長モデルの応用等の技術課題の解決が大きく研究発展に貢献すると期待されます。私の対象とするサトウキビにおいても、生理学、遺伝育種学、計測工学、農業気象学、生態学等の多角的な視野を持った異分野連携チームにより研究を実施していく予定です。

 

参考文献:
Jaiphong, T., Tominaga, J., Watanabe, K., Nakabaru, M., Takaragawa, H., Suwa, R., ... & Kawamitsu, Y. (2016). Effects of duration and combination of drought and flood conditions on leaf photosynthesis, growth and sugar content in sugarcane. Plant Production Science, 19(3), 427-437.
Santanoo, S., Lontom, W., Dongsansuk, A., Vongcharoen, K., & Theerakulpisut, P. (2023). Photosynthesis performance at different growth stages, growth, and yield of rice in saline fields. Plants, 12(9), 1903.
Rivero, R. M., Mittler, R., Blumwald, E., & Zandalinas, S. I. (2022). Developing climate‐resilient crops: improving plant tolerance to stress combination. The Plant Journal, 109(2), 373-389.
Araus, J. L., Rezzouk, F. Z., Sanchez-Bragado, R., Aparicio, N., & Serret, M. D. (2023). Phenotyping genotypic performance under multistress conditions: Mediterranean wheat as a case study. Field Crops Research, 303, 109122.

(文責:熱帯・島嶼研究拠点 寳川拓生)

 

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