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1227. 古文書から学ぶこと(寳川通信6)

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1227. 古文書から学ぶこと(寳川通信6)

 

国際農林水産業研究センターは、発展途上国など農林水産業に困難を抱える地域において技術開発から実証、社会実装までの一連の研究開発をプロジェクトとして実施する研究機関です。各生産地では、各地域特有の生産上の問題が生じており、柔軟かつ斬新な研究アイディアで課題解決の活路を見出す必要があります。研究開発を行い、継続的に成果を上げるためには研究シーズを充実させる必要があります。生産現場で起きている課題解決のためにどのような取り組みが必要であるか、という研究需要を把握することに加えて、どのようにアプローチしていくべきか、という検証仮説を構築することが研究シーズとなります。

そのようなアイディア、すなわち研究シーズは、実際の生産現場での取り組みからもヒントを得ることができます。しかも、当時の地場智慧の集約された古文書から学ぶ、すなわち温故知新的なアプローチは、時空を超え、時代も場所も栽培種も異なるような場合でも、課題解決に役立てることが出来る場合があります。例えば、国際農研では、明治期の日本(リン固定能の高い火山灰土壌が多い鹿児島県等)で見られた揉付(もみつけ)と呼ばれる、リン質肥料(骨粉等)をイネ苗根に揉み付けてから移植する施肥法を参考に、リン肥料を含む泥を苗根に付着させてから移植するP-dipping法を開発しました。この画期的な手法は日本から遠く離れたマダガスカルのリン欠乏水田での収量向上や種々のストレス回避に貢献しています(移植苗のリン浸漬処理がイネの増収と冷害回避につながることを実証― 肥料投入の限られたアフリカの安定的なイネ生産に貢献 ― | 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS)。

筆者は、とある縁もあり、江戸時代から続く四国のサトウキビ生産について古文書を多く読む機会を得ました。その中で、享保年間には北海道を含む全国でサトウキビ栽培が奨励されたこと、栽培法や製糖法の確立に多くの学者や藩士が奔走したことを知りました。江戸期の三大農学者の一人である大蔵永常が取り纏めた「甘蔗大成」は、畿内での栽培経験を基に執筆された当時のサトウキビ栽培および製糖法の集大成的な絵付き解説書ですが、干鰯(ほしか)や人糞尿等の有機肥料を施肥時期に応じて多用していたこと、連作障害対策で麦との裏作や間作が奨励されていること等、現代での持続可能なサトウキビ生産においてもヒントになる記述が見られます。個人的には、“孫搔き(まごがき)”と呼ばれる芽かき作業(南西諸島では“除けつ“とも言う)が、無効分げつの除去という観点で非常に興味深く、サトウキビ物質生産モデルを再考するきっかけになりました。

また、特に印象的だったのは、大蔵永常が本書内や多くの農学書でしばしば「利」や「利なるもの」に関して言及しますが、その主たる対象は藩や国ではなく百姓であった点です。百姓の利を主眼とし、民富形成が国力増強に貢献するとの考えは現代においても非常に興味深いです。研究者という生き物は、楽しければよいじゃんという利己的なタイプも少なくないと思います。ですが、大蔵永常が説いたように、「利」とは何か、だれのための「利」かを追及して、研究を進めていくことが、研究者も受益者も双方がハッピーになる明るい未来を築くことに繋がるのかもしれません。そのためには、技術開発、実証、社会実装といった各研究ステップで社会科学および自然科学の多様な分野の研究者が密に連携して課題に向き合う時間がより一層重要となるでしょう。

このように、今回は当時の地場智慧の集約された古文書から学ぶことの重要性を感じました。最新の論文を読みつつも、古文書や関連する古書も眺めてみるのも研究者としての裾野を広げることに繋がるのかもしれません。

 

参考文献:大蔵永常「甘蔗大成」(天保年間)日本農書全集50農産加工 1収録p137-232および解題(岡俊二)

(文責:熱帯・島嶼研究拠点 寳川拓生)
 

 

 

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