Pick Up

1286. 国際熱帯デーと熱研のプレゼンス(寳川通信8)

関連プログラム
情報

 

1286. 国際熱帯デーと熱研のプレゼンス(寳川通信8)

 

週末の6月29日は熱帯を対象とした研究の重要性を世界に伝えるために国連で国際熱帯デー(International Day of the Tropics)として制定されました。さて、皆さんは熱帯と聞いて何を思い浮かべるでしょう、どのような印象を持っているでしょうか。年中暑い、スコールがある、ジャングル等がパッと思いつくでしょうか。暑いと言っても、日本の気候になれた方は蒸し暑いのを想像するでしょうが、海外ではカラッとして暑い地域も多くあります。季節変動も地域により異なります。熱帯と言ってもケッペンの気候区分では細分化され、多様な気候に分類されます。そのような気候の違いが植生や土壌の違いを生んでおり、同じ気候区分でも全く同じ熱帯はありません。このことは熱帯を対象とする研究者としてラッキーなのか厄介なのか難しいところです。熱帯・亜熱帯地域は、過酷な気候条件や経済発展の遅れ等から東南アジア、アフリカ、中南米の発展途上地域が多く含まれています。それら地域における農林水産業分野の研究は、現地の生産者の収益安定、地域経済の活発化、食料安全保障の強化、といったメリットをもたらすはずです。

国際農林水産業研究センターの熱帯・島嶼研究拠点(通称、熱研)は、亜熱帯島嶼の石垣島に位置する研究機関です。気候特性に加えて、約21ヘクタールの広大な実験圃場を活用し、サトウキビや熱帯果樹、イネ等の環境ストレス耐性や病害抵抗性に関する研究、地下水を調査することが出来るライシメータ等のオープンラボ施設を用いた気象・土壌等の農業×環境の相互作用の研究、トマトやイチゴ等の施設園芸の安定生産に関する研究などが行われています。

ここまでが通り一辺倒な説明になります。私にとっては、豊富な材料と充実した環境(気候、人)を基に行う形質開発の研究は非常に刺激的です。私は時々ふと考えることがあります。私は材料に頼った研究をしていないか、自分の役割(自分でなければいけない理由)は何なのか。それを組織に拡大すると、熱研のプレゼンスは何なのか、国内外の熱帯研究機関と何が違うのか。私はいまだに、これらをエレガントに説明できません。亜熱帯気候、島嶼地域といった地理的利点は何となくわかるのですが、世界の熱帯地域のうち、どのような気候を再現できている(あるいは再現できていない)のでしょうか。COVID19で海外渡航が難しくなった際に、他部署の研究員により熱研での研究が盛んに行われた時期がありましたが、それは熱研のプレゼンスを示すことになるのでしょうか。研究者個人、所属、組織、地域、日本、海外といった異なる立場・スケールで異なるプレゼンスを抱いているのかもしれません。私のプレゼンスに対する考えと今後の方策をざっくりですが以下に纏めてみました。

 

国際農研内の研究者個人の考える熱研のプレゼンス

  • 熱研の研究者:技術開発の場(実証地は海外を主とした国内外)、遺伝資源や特性情報の集約地
  • その他の研究者:熱帯地域向けのプレ実証地、熱帯作物遺伝資源の供給元

 

研究組織として考える熱研のプレゼンス

  • 熱研:遺伝資源や特性情報を活用して異分野連携により研究を発展させる学際的研究の場
  • 他機関:熱帯環境を利用した育種協力(イネ:世代の促進、サトウキビ:交配)、若手研究者や学生の視野を広げるための人材育成の場

 

地域として考える熱研のプレゼンス

  • 日本:国内他機関との連携、南西諸島や温暖地に向けた技術提供・情報発信、海外で活躍する研究者育成の場
  • 世界:遺伝資源研究ネットワークの中心地(東南アジアを中心としたハブ)、海外機関で中心的役割を担う研究者育成の場

 

これらを纏めると、遺伝資源や地理的条件を前提とした熱研の恒久的価値は「国内外の異分野の研究者により構成される学際的研究の中心的役割を担う場および人材育成の場」なのではないでしょうか。そのプレゼンスを発揮・維持し、持続的に発展するためには、顕著な研究成果を上げ、学会、論文、ウェブサイト、ワークショップ、シンポジウム等で外部発信するといった研究者や組織を挙げてのより一層の努力が必要でしょう。また、研究開発対象となる地域の環境情報と熱研の環境情報を比較し、どの地域に向けた研究開発・技術実証の場となり得るのかを定量的に示す試みも必要かもしれません。非常に残念なことに現状、熱研のウェブサイトはありませんが、保存している遺伝資源情報の整備や研究開発の成果が積み重なれば、熱研の研究者紹介カード等を作製して熱研だけで構成されるウェブサイトを構築できると思います。1個人の研究者ができることとして、私はサトウキビ遺伝資源の生理形態情報のデータベース化、論文公表などの情報発信や学生誘致による人材育成などのアウトリーチ活動に注力したいと思います。

 

(文責:熱帯・島嶼研究拠点 寳川拓生)
 

 

 

 

関連するページ