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1208.なぜサトウキビを研究するか(寳川通信5)

1208.なぜサトウキビを研究するか(寳川通信5)
国際農研は、教育機関ではないにもかかわらず国内外の研究人材育成に取り組む国際研究機関です。筆者はこれまでにアウトリーチ活動として、高校や大学にて講義を行ってきました。今回は、名古屋大学大学院農学生命科学研究科および琉球大学農学部にて大学院性および大学3年生を対象に講義を実施した際に、なぜサトウキビを研究するのか(あるいは、しないのか)ということについて学生にアンケートを取り、一緒に思考したので考えを一部共有します。読者の皆さんからも意見をいただければと思います。
ある作物を対象として研究する研究者は、論文や外部資金の応募申請書などに、何故その作物を対象とするかについて記述します。ある学生の申請書を添削した時に、この作物は重要だ(”This crop is vital.”)、というシンプルな一文を目にして”これはアカン”と思ったことがあります。私も良くやってしまいがちなのですが、「サトウキビは重要である」と言うだけではどういう部分が何にどこに重要なのか、すなわち社会ニーズがわかりません。私が良く使う“手口”としては、サトウキビが世界の熱帯・亜熱帯の90を超える地域・国の約26 million haで生産される糖料・エネルギー料作物であること、南西諸島など地域経済を支える作物であること、トウモロコシやソルガムと同じC4型光合成という特異的な光合成系を有すること、それ故に炭素固定能・バイオマス生産能が高いこと、ある地域の農地面積に占める割合や地理的条件から周辺環境や資源利用に与える影響が大きいこと、あるいはメタ的に、研究が進んでいないこと、等を根拠に研究の重要性を強調します。“手口”と少しネガティブに表現したのには理由があって、実は栽培系の研究者は自らの研究に関連する社会需要の把握や技術普及が不得手(あるいはエフォート不足)なため、一部の文献情報や偏った現地経験に頼って研究需要を説明しがちであることに自戒を込めたからです。これと関連し,最近読んだ南アフリカのサトウキビに関する論文のイントロダクション(研究の導入で、なぜこの研究をするのか、これまでの取り組みを踏まえて整理する項目)が、私の考えや論理構成、引用文献と非常に酷似しており、皆考えることは同じなのだなと思ったりもしました(若干焦りますが!)。
国際農研では、例えばマダガスカルの農村調査から、栄養を多く含む色素米やイネ以外のマメ類・野菜の栽培研究のニーズや、イネ収量の向上は農家取得の向上に繋がり栄養改善や購買行動に好影響を及ぼすことを明らかにするなど異分野連携による好例(マダガスカルにおける水稲収量の増加は農家の栄養改善に有効である | 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS)も見られますが、情報分野を含む社会科学分野と栽培分野の連携密度は必ずしも高くありません。社会ニーズ調査を具体的な達成目標に落とし込むためには、技術開発研究者と社会科学研究者が連携し、共に研究ニーズ調査を実施する体制を整備する必要があります。幸いにも国際農研は異分野の研究者が所属するため、異分野連携により、なぜサトウキビを研究するのか、を始めとした研究の社会ニーズに関し議論を深めていく予定です。
さて、次に、反対になぜサトウキビは研究対象として選ばれないか、について学生の意見を聞いてみます。名古屋大の院生からは、サトウキビをよく知らなかったから、栽培期間が長く熱帯・亜熱帯でしか研究できないと思っているから、他の作物を研究しているラボに入ったからという現実的・論理的な理由が占めました。一方、サトウキビが基幹作物である沖縄の琉球大の学生にも同様に質問したところ、県内出身学生を中心に、祖父母世代・親世代からサトウキビは儲からない作物と聞いているといった偏った意見から、調査が大変だから、もう研究することが無いから、新しい作物に魅力を感じるからといった消極的な理由等、サトウキビに関し冷めた意見が多く見られました。高齢化や兼業化による生産意欲(エフォート)の低下⇒収量低下⇒収益低下⇒生産意欲の低下、という負のループの典型例的な意見が、サトウキビを比較的身近に感じてきたであろう県内の学生から多く出たことに、人材育成に身を寄せるサトウキビ研究者として身の引き締まる思いがしました。私は、講義等の外部発信の機会を通して、サトウキビが地域経済や国土保全を支えている島・地域があること、サトウキビは沖縄以外でも生理や遺伝に関し研究できる魅力的な作物であること、儲けている農家が多くいる(あるいは、儲からない農家を減らすために何が出来るかを考える必要があること)等を解説し、サトウキビに関するいくつかの誤解を解くとともに、熱帯・島嶼研究拠点による研究のプレゼンスおよびセンター機能を強調し、大学や学生との共同研究に関しオープンになることが使命であると感じました。
(文責:熱帯・島嶼研究拠点 寳川拓生)