研究成果

乾燥と過湿に同時耐性を持つササゲ遺伝資源を発見
―気候変動による極端気象に強い品種開発の重要な基盤に―

関連プログラム
食料
関連プロジェクト
アフリカ畑作システム

令和7年6月13
国際農
国際熱帯農業研究

乾燥と過湿に同時耐性を持つササゲ遺伝資源を発見

―気候変動による極端気象に強い品種開発の重要な基盤に―

 

ポイント

  • 西アフリカ乾燥サバンナのササゲ99系統の遺伝資源調査により、乾燥と過湿の両ストレス耐性を示す10系統 (祖先野生種9、栽培種1) を特定。
  • 祖先野生種の1系統が根の形態を環境に応じて変化させ、両ストレスに柔軟に適応することを明らかにした。
  • 交雑可能な祖先野生種の耐性能力を活用し、気候変動対応の安定生産可能な品種育成を目指す。

概要

 国際農研と国際熱帯農業研究所 (IITA) の研究グループは、西アフリカ乾燥サバンナ地域の主要作物であるササゲ (マメ科) について、乾燥と過湿という相反する2つの環境ストレスへの耐性を同時に備える遺伝資源1) を発見しました。
 近年、気候変動の影響で西アフリカ乾燥サバンナ地域では、極端な干ばつや豪雨の頻度が増加傾向にあり、今後は干ばつだけでなく、豪雨による土壌過湿2) もササゲ生産にとって深刻な問題となることが予測されています。ササゲは現地農村の重要なタンパク質供給源であり、これまでは主に干ばつに強い品種の育成が重視されてきましたが、土壌水分条件の幅広い変動に適応可能な品種開発の必要性が高まっています。
 本研究では、IITAが保有する99系統 (栽培種・祖先野生種3) ) のササゲ遺伝資源を対象に、乾燥および過湿ストレスへの耐性評価を実施しました。その結果、祖先野生種9系統と栽培種1系統、計10系統が両ストレスに耐性を示すことを発見しました。特に、祖先野生種の1つは過湿条件下で根に通気組織4) を発達させて酸素供給能力を高め、乾燥条件下では水分輸送効率を高める構造を持つなど、土壌の水分状態に応じて柔軟に根の形態を変化させていることが分かりました。さらに、複数の生理・形態指標を組み合わせて評価することで、ササゲ遺伝資源の多様な土壌水分応答を包括的に可視化できることも示されました。
 今回発見された祖先野生種は栽培種との交雑も可能であり、今後は一般的な交雑育種法や遺伝解析を活用し、耐性能力を栽培種に導入可能なことが示唆されました。この発見は、将来的な気候変動による極端気象下でも安定生産できるササゲの新たな品種育成に向けた重要な知見となり、気候変動下における食料安全保障の強化に貢献することが期待されます。

 本研究成果は、国際科学専門誌「Frontiers in Plant Science」オンライン版 (日本時間2025年6月12日) に掲載されました。

 

<関連情報>

予算
運営費交付金プロジェクト「アフリカ小規模畑作システムの安定化に資する生産性・収益性・持続性を改善する土壌・栽培管理技術の開発

発表論文

論文著者
Iseki, K., Olaleye, O.
論文タイトル
Dual tolerance to soil drought and excess moisture stresses in cowpea genetic resources assessed using multiple indicators
雑誌
Frontiers in Plant Science
DOI: https://doi.org/10.3389/fpls.2025.1573313

問い合わせ先など

国際農研 (茨城県つくば市)  理事長 小山 修

研究推進責任者:
国際農研 プログラムディレクター 藤田 泰成
研究担当者:
国際農研 生物資源・利用領域 主任研究員 井関 洸太朗
広報担当者:
国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp

研究の背景

 西アフリカの乾燥サバンナ地域は、年間降水量が600~1,000mmの半乾燥地帯であり、主要産業である農業は気候変動の影響を強く受けています。この地域で広く栽培されているササゲ (Vigna unguiculata) は、現地農民にとって主食を補う重要な作物であり、農村部の食事におけるタンパク質の約30%、エネルギーの約10%を供給しています。
 一般にササゲは乾燥に強い特性を持つものの、降雨に依存した農業体系のもとでは、干ばつによる不安定な栽培が続いています。さらに、近年の気候モデルによる予測では、干ばつだけでなく、豪雨による土壌の過湿害が増加する可能性も指摘されています。特にマメ科作物では、土壌の過剰な水分によって根が嫌気的な状態となると、窒素固定能力5) が低下し、生育や収量に悪影響を及ぼします。従来は乾燥ストレスが生産リスクとされてきましたが、今後は気候変動などの影響により、過湿ストレスも大きな生産リスクとなることが明らかになりつつあります。そのため、幅広い土壌水分条件に対応できるササゲ品種の開発が求められています。

研究の経緯

 植物にとって、土壌の乾燥と過湿はどちらも生育低下を引き起こす要因ですが、いずれも植物の生育に必須である水分に関わる相反するストレスであり、植物が必要とする耐性メカニズムも異なります。そのため、これまでの研究では、この2つのストレス耐性を両立させることは困難とされてきました。
 一般的な畑作では、灌漑や排水性の改善によって、作物が生育しやすい環境が整えられていますが、自然界では土壌水分が極端に変動する状況も珍しくありません。このため、雨量の少ない地域や多い地域に自生するササゲの祖先野生種の中には、幅広い土壌水分条件に適応可能な系統が存在するのではないかと考え、世界最大のササゲ遺伝資源コレクションを有するナイジェリアの国際熱帯農業研究所 (IITA) とともに調査を進めました。IITAと国際農研は30年以上にわたって共同研究を実施しています。
 本研究では、育成地や来歴情報に基づき選抜した栽培種および祖先野生種を含む99系統のササゲ遺伝資源を対象に、乾燥ストレスおよび過湿ストレスへの耐性評価を実施しました。さらに、選抜した特徴的な系統については、土壌水分環境への適応に重要と考えられる根の形態に着目し、その応答を明らかにしました。

研究の内容と成果

  1. 99系統のササゲ遺伝資源を調査した結果、乾燥と過湿の両ストレスに耐性を示したのは10系統であり、そのうち9系統はササゲの祖先野生種でした (図1)。これらの系統群をグループ1とし、乾燥および過湿耐性の程度に基づいて、99系統全体を5つのグループに分類しました。祖先野生種の中には、乾燥または過湿のいずれか一方に強い系統も多く確認されましたが、乾燥・過湿の両方のストレスに弱いグループ5は、全て栽培種で構成されていました。これらの結果は、多様な土壌水分環境に適応した品種開発において、祖先野生種が有望な遺伝資源であることを示唆しています。
  2. 乾燥・過湿の両ストレスに強いグループ1と、両方に弱いグループ5から代表的な系統を選抜し、異なる土壌水分条件下での根の形態応答を比較しました。その結果、グループ1の祖先野生種では、過湿条件下で根に酸素を供給する通気組織の出現率が約2倍に増加し、これに伴い通気組織が形成される皮層の比率も増加しました (図2グラフの水色)。一方、乾燥条件下では、皮層の割合が半分以下に減少し (図2グラフの赤色)、水や養分の通り道である道管や師管を含む中心柱の割合が相対的に増大しました (図2の画像右側)。これに対し、グループ5の栽培種では、過湿条件での通気組織の増加や乾燥条件での中心柱の割合増加といった形態的な変化は確認されませんでした。これらの結果から、祖先野生種に見られる根の柔軟な形態変化が、土壌水分の変動に対する適応のカギであることが示唆されました。
  3. 複数の指標を用いてストレス耐性を評価した結果、ササゲ遺伝資源が示す多様な土壌水分応答を明らかにすることができました (図3)。従来の研究では、ストレス耐性の評価に地上部の生育や植物の生理状態を表す指標 (クロロフィル蛍光パラメータ6) 葉緑素値7) など) が用いられてきましたが、多くの場合、これらのうちいずれか一つの指標のみで耐性が評価されていました。本研究では、評価に用いる指標によって得られる結果が異なることが明らかになりました。これは、ストレスの影響が顕著に現れる形質が、ストレスの種類やササゲの系統によって異なるためです。複数の指標を組み合わせて評価することで、ストレス耐性の多様性をより正確かつ包括的に可視化できることが示されました。

今後の予定・期待

 作物の環境ストレス適応力を高めるため、野生遺伝資源の有用性はこれまでも注目されてきました。しかし、交雑障壁8) などの課題から野生種が持つ特性を栽培種へ導入することは容易ではありません。今回発見された乾燥および過湿の両方に強い祖先野生種は、栽培種との直接交雑が可能です。これは、一般的な交雑育種法によって野生種の優れた特性を栽培種に付与できることを示しています。今後は、得られた成果をもとに、根の形態変化に関わる遺伝子座の特定などを通じて、乾燥と過湿の双方に対応可能な品種の開発を進め、西アフリカ地域の食料安全保障に貢献することが期待されます。

用語の解説

1) 遺伝資源
ここでは農業に利用可能な植物遺伝資源を指し、農作物の品種やその野生種など、食料や農業に利用可能な遺伝的多様性を持つ植物材料のこと。これらは将来の品種改良や気候変動への対応に重要で、ジーンバンクなどで保存・活用されており、農業の持続性を支える基盤となっている。
2) 土壌過湿
豪雨などにより土壌中の水分含量が増加し、土壌空隙の割合 (気相率) が低下すること。作物の根の周辺で酸素が不足し、根の呼吸が抑制される原因となる。特にマメ科作物は土壌過湿に弱く、根腐れや根粒菌の着生阻害が生じやすいため、生育や収量が低下する。
3) 祖先野生種
現代の栽培品種の直接の起源となった自然界の野生植物を指す。長い進化と人為的選抜を経て現在の作物が形成されたが、祖先野生種はその過程で失われた遺伝的多様性を保持している。病害虫抵抗性や環境ストレス耐性など、栽培種に不足する形質の供給源として重要な役割を果たしており、遺伝資源として保全が求められている。
4) 通気組織
植物の根に発達し、根の内部に空気の通り道を形成する組織。特に水田や湿地など酸素の乏しい環境で重要な役割を果たす。通気組織は、地上部から酸素を取り込み、根まで運ぶことで根の呼吸や代謝を支え、根の生育や機能維持に役立っている。また、根粒菌との共生環境の形成やマメ科植物での窒素固定の促進にも寄与する。通気組織の発達は、過湿や冠水といった酸素不足ストレスへの耐性を高め、植物の生存や収量維持に重要であることが知られている。
5) 窒素固定能力
植物が微生物を通じて空気中の窒素を取り込み、栄養素として利用可能にする働き。主にマメ科植物では、共生する根粒菌の働きで大気中の窒素から変換されたアンモニアを生長に利用することができる。特に低肥沃土壌でのマメ科作物栽培で重要な役割を果たす。
6) クロロフィル蛍光パラメータ
光合成の状態や、ストレス (乾燥など)の有無を判断できる指標。葉に光を当てた際、クロロフィル (葉緑素) は一部の光エネルギーを使用し、残りを熱や微弱な光 (蛍光) として放出する。この蛍光の強さや変化を測定することで作物の健康状態を非破壊で調べられるため、広く利用されている。
7) 葉緑素値
葉に含まれるクロロフィルの量を示す指標で、植物の光合成能力や栄養状態を反映する。SPADメーターは葉緑素量を手軽に評価できる機器で、葉に光を当てて透過や反射を測定し、SPAD値として数値化する。非破壊かつ迅速に評価できるため、生育診断に広く活用されている。
8) 交雑障壁
植物の栽培種と野生種の交配には様々な障壁が存在する。例えば、開花時期のずれや花の形の違いによる受粉の不成立、染色体の違いによる受精卵の発育不全や種子の不形成、さらに、雑種が不稔となり次世代を残せない場合等が挙げられる。

担当研究者の声

 

生物資源・利用領域
主任研究員 井関洸太朗

西アフリカの乾燥地で「水が多いのにササゲの生育が悪い。」その異変に違和感を覚えたのが研究の原点です。研究を重ねるうちに、排水性の悪い畑では一時的な滞水が過湿ストレスとなり、生育を阻害していることが分かりました。
「干ばつだけでなく豪雨にも耐える作物が必要だ。」
そう確信し、過酷な環境でたくましく生き抜いてきた野生ササゲの力を、未来の農業に活かしたいと考えています。

図1 ササゲ遺伝資源99系統における過湿及び乾燥ストレス耐性

高さ20cmのポットを用い、各ササゲ系統を通常の水分条件 (2cmの底面潅水、体積含水率20-25%) で2週間栽培した後、過湿処理区は18cmの深さまでポットを水に浸漬し (体積含水率40-50%)、乾燥処理区は潅水停止した (体積含水率10%以下)。処理から3週間後の過湿および乾燥ストレスに対する応答の違いに基づき、99系統を5つのグループに分類した。赤色、白色、青色はそれぞれストレス耐性が「強い」、「やや弱い」、「弱い」ことを示す。また、栽培種は緑色、祖先野生種はグレーで表示している。

図2 過湿条件および乾燥条件に対する耐性系統 (野生種、グループ1) と感受性系統 (栽培種、グループ5) における根の形態変化

左上のグラフは通気組織出現率、右上は皮層/中心柱比の平均値および標準誤差を示す。 下段は植物の基部から4-5cmの区間における根の横断面の画像であり、赤い両矢印は皮層、青い両矢印は中心柱を示す。黒い星印は皮層の通気組織を示す (スケールバーは200μm)。 耐性系統では、過湿条件下で通気組織の出現率が増加し、乾燥条件では皮層の割合が大きく低下する (中心柱の割合が増加)。

 

図3 複数の指標による過湿・乾燥ストレス耐性の評価


植物の状態を反映する複数の指標を組み合わせて、ストレス耐性の評価を行った。今回対象とした99系統の中から、遺伝的な差が大きく現れる指標を選択し、いずれの指標においても高い値を示す系統を「ストレス耐性」と判定した (上図)。指標や系統によってストレス応答が異なるため、単一の指標だけではストレス耐性を正確に評価することが困難であることがわかる (下図)。

 

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