研究成果

乾燥した条件下でイネの伸長が抑制される仕組みを解明 -干ばつ下での作物の生育不良を改善する技術開発に期待-

発表日:平成24年9月11日

ポイント

  • イネの伸長を促進する遺伝子(OsPIL1)の働きが、乾燥ストレス条件下で抑制され、イネの草丈が低くなる機構を解明しました。
  • この遺伝子の働きを強化すると、イネの伸長が促進され、草丈が2倍に増加しました。
  • この遺伝子の活用により干ばつ下での作物の生育を改善する技術開発が期待されます。

概要

    独立行政法人 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、東京大学、理化学研究所、産業技術総合研究所と共同で、乾燥ストレス条件下でイネの伸長が抑制されるメカニズムを解明しました。イネの伸長を促進する遺伝子(OsPIL1)は、乾燥ストレス下でその働きが強く抑制されます。一方、OsPIL1の働きを強化したイネの草丈は、乾燥ストレスの無い生育条件下では約2倍に増加し、大人の背丈と同程度になりました。この成果は、干ばつ下での作物の生育を改善する技術開発に大きく貢献すると考えられます。
    この成果は、平成24年9月10日付け「米国科学アカデミー紀要」(オンライン版)に掲載されました。

予算:農林水産省委託プロジェクト 「新農業展開ゲノムプロジェクト」
生物系特定産業研究支援センター イノベーション創出基礎的研究推進事業

発表論文

Todaka, D., Nakashima, K., Maruyama, K., Kidokoro, S., Osakabe, Y., Ito, Y., Matsukura, S., Fujita, Y., Yoshiwara, K., Ohme-Takagi, M., Kojima, M., Sakakibara, H., Shinozaki, K., Yamaguchi-Shinozaki, K. (2012) Rice phytochrome-interacting factor-like protein OsPIL1 functions as a key regulator of internode elongation and induces a morphological response to drought stressProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America DOI: 10.1073/pnas.1207324109

問い合わせ先

独立行政法人国際農林水産業研究センター(茨城県つくば市)理事長 岩永 勝
研究推進責任者:プログラムディレクター 加納健            
研究担当者:生物資源・利用領域 篠崎和子、戸高大輔    
広報担当者:情報広報室長 大浦正伸  

研究の背景

    近年、世界的な干ばつが続いており、農作物に甚大な被害を与えています。特に、干ばつによる食料不足へのリスクの高い開発途上地域での被害を抑えるため、干ばつに強い作物を開発しリスクを軽減することが重要です。JIRCASは開発途上地域での食料安定生産を目指した作物開発に向けた研究を進めています。

研究の経緯

    研究グループは、乾燥や塩害などの環境ストレスに植物が応答するメカニズムを明らかにし、これらのストレスへの耐性を向上させた作物を開発することを目指しています。作物は干ばつなどのストレス条件下では生育が抑制され、収量が減少します。しかし、その詳細なメカニズムは不明のままでした。研究グループは、ストレス時に生育を制御する因子に着目し研究を行いました。

研究の内容・意義

    イネではOsPIL1と名付けた遺伝子の働きが、乾燥ストレス条件下で抑制されることで、伸長が抑制されていることが明らかになりました。イネのOsPIL1は、多くの遺伝子の働きをコントロールする転写因子1)を作る遺伝子であり、光合成を行う日中に働きます。しかし、乾燥等のストレス状態にさらされると、日中でも働きが抑えられてしまうことが分かりました(図1)。イネでOsPIL1の働きを強化すると伸長が促進され、イネの草丈が、大人の背丈にまでに達しました(図2)。これらの結果により、この遺伝子は植物の生育の促進に重要な遺伝子であると考えられます。
    さらに、OsPIL1がコントロールしている遺伝子を調べた結果、細胞壁の合成や細胞の伸長に関連する遺伝子が数多く見出されました。これらの結果から、乾燥ストレスを受けたイネでは、OsPIL1の働きが抑えられることで、細胞壁の合成や細胞の伸長に関連する遺伝子の働きが抑制される結果、伸長が抑制されることが明らかになりました。

図1 乾燥ストレス条件でイネの伸長が抑制される仕組み
図1 乾燥ストレス条件でイネの伸長が抑制される仕組み
乾燥ストレスのない生育条件では、OsPIL1が働き(発現)、イネの伸長が促進されます。一方、乾燥ストレス条件下では、OsPIL1の働き(発現)が抑制され、イネの伸長も抑制されます。
図2 乾燥ストレスのない生育条件下でのOsPIL1の効果
図2 乾燥ストレスのない生育条件下でのOsPIL1の効果
乾燥ストレスのない生育条件下では、通常のイネ(右)に比べ、OsPIL1の働きを強化したイネ(左)では草丈が高くなります。

 今後の予定

    今後、OsPIL1を活用することによって、乾燥等のストレス条件下でも生育が抑制されない作物の開発が期待されます。OsPIL1をストレス耐性遺伝子と併用することによって、干ばつなどのストレス下でも生育の抑制や収量が低下しない作物を開発することが期待されます。

用語の解説
  1. 転写因子
    細胞の核内に存在し遺伝子の働きを調節する細胞の応答の司令塔となるタンパク質です。
    OsPIL1は、このタンパク質を作る遺伝子で、細胞壁の合成や細胞の伸長に関わる多くの遺伝子を制御することで、イネの伸長を促進します。

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