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1162. 植物のストレス診断に使う聴診器を作る(寳川通信2)

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1162. 植物のストレス診断に使う聴診器を作る(寳川通信2)

 

国際農研では、広報JIRCASという冊子を発行しており、ウェブサイト(https://www.jircas.go.jp/ja/publication/jircas)からも閲覧いただけます。今回は最新号より抜粋し一部編集した記事を紹介します。詳しい内容は本文をご覧ください。

動物と違って植物はほとんど動きませんし声を持ちません。植物が健康に暮らしていることを確かめるために、見た目の印象(青々しさ、萎縮等)はとても大事です。ただし、ストレスが見た目に現れている植物は、動物だと大怪我をしていたり大病を患っているのと同じくらいダメージを受けている状態です。見た目ではわからなくとも実はストレスを感じていることがしばしばです。大きなダメージを受ける前の植物の健康状態を知ることができれば植物の成長や作物収量を向上させる術を講じることができるかもしれません。私は植物の声を聴く“聴診器”を作りたいと思っています。聴診器はまた、ストレスに強い系統や品種を選抜する育種にも役立つでしょう。植物の心臓がどこかはわからない(!?)ので、私は“息遣い”を中心に診ていきたいと思っています。
 

植物の息遣いはガス交換と呼ばれ、葉面の気孔を介して行われる光合成は成長の最小プロセスです。光合成では、太陽の光を浴びると気孔が開き、二酸化炭素を吸収すると同時に、酸素と水蒸気を放出します。二酸化炭素の吸収速度(あるいは酸素の放出速度)を光合成速度、水蒸気の放出速度を蒸散速度と呼び、どれだけ少ない水の損失で、成長に必要な二酸化炭素を得るかは、光合成速度を蒸散速度で割った水利用効率と呼ばれる指標で評価され、土壌水分が少ない条件下の生育能力を表すとされています。この指標は高性能ゆえに高価な装置で測定されることが主流なのですが、私は、代替の簡易評価指標(気孔の密度等の形態的特徴や代謝物濃度等)の探索や安価で測定する手法の開発を実施しています。これらの指標は、専門的には「形質(trait)」とか「表現型(phenotype)」とも呼ばれ、植物の健康状態やストレス耐性を評価するための聴診器となり得るのか、これからの研究で明らかにしていく予定です。このように、収量改善に関連する生理形質を遺伝資源集団から探索すること、新たな形質を遺伝的に付与していくための評価技術を開発すること等の育種に先立った基盤整備作業を「形質開発」と呼びます。
 

私はこれまでに、育成された既存品種の持つ形質の多様性に着目し、長所も短所も併せ持つ品種の多様性を有効活用することを目的に、複数品種利用によるリスク分散や異品種の混植に関する作物生態的な研究をしていました。形質をキーワードとした研究ですが、これまでは形質(の多様性)を“利用”すること、JIRCASに所属する現在は形質を“開発”することに取り組んでいます。私は、これら2つのコンセプト(形質開発+形質多様性利用)を融合した「形質開発利用学」を起ち上げようと考えています。国際農研では、多様な生物種や地域を対象とした多様な専門分野の研究者がおり、この新しい分野醸成のために、育種学、生態学、分子遺伝学、計測工学、園芸学、社会学等を専門とする異分野の研究者の方々と積極的に交流し、広く多角的な視野を身に付けるよう心掛けています。

 

(文責:熱帯・島嶼研究拠点 寳川拓生)
 

 

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