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954. 食料システム変革の経済学

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954. 食料システム変革の経済学

 

1月末、気候変動・保健栄養・農業・自然資源の経済学に関わる著名な研究者らが、「食料システム変革の経済学 The Economics of the Food System Transformation」と題するグローバル政策レポートを公表しました。そのメッセージを紹介します。

我々の食料生産・流通・消費の在り方を反映する食料システムは、我々の社会の政治・社会・経済・環境・文化の在り様と密接に結びついています。人類の創造力・決意・技術的進歩により、食料システムは1970年代以来倍増した人口を支えつつ、飢饉・貧困削減・寿命延長の実現に貢献してきました。しかし食料システムの展開とインパクトは世界で不均一あり、その結果、現在、人類に慢性的な飢餓・低栄養・肥満・生物多様性喪失・環境ダメージ・気候変動、といった問題をつきつけています。

人類・地球の健康に対する食料システムの負の影響は毎年10兆ドル以上と推計され、食料システムの世界GDPへの貢献度を上回っています。より具体的には、肥満・高血圧・ガンなどの非感染症疾患など労働生産性下落による健康コストの年間11兆ドル、土地利用や生産慣行に伴う温室効果ガス排出や生物多様性喪失に伴う環境コストの年間3兆ドル、を含み、2020年GDP換算で12%に相当する年間15兆ドルに及ぶコストをもたらしています。言い換えれば、我々の食料システムは価値を生み出す以上に価値を破壊しているのです。この現実を無視し続ければ、世界は破滅的な状況に陥るでしょう。

さらに、現状のままであれば、負の影響は気候変動にとどまらず、2050年でも食料安全保障の問題は解決せず、1.21億人の低体重を含む6.4億人が栄養不良にとどまると推計され、とりわけインド、東南アジア、サブサハラアフリカで問題は深刻です。一方、油脂や糖分・塩分が高く加工食品に過度に依存した食生活が拡がり、2050年までに肥満人口が70%増加し世界人口の15%に相当すると予想されます。過体重や肥満の治療にかかる直接的な医療費だけでも、現在の6000億ドルから2030年までに3兆ドルに膨れ上がると予測されています。

しかし、食料システムに関わる関係者の間で持続的な食料システムに関する認識が異なることから、これまで気候変動を巡る国際議論において、長らく食料システムの問題は軽視されてきました。食料システム変革を世界的に推進することは、気候変動・生物多様性・保健の緊急危機に対応しつつ、数億人の人々の生業を改善するチャンスでもあります。今や、食料システム変革に関する野心のレベルをあげていくタイミングといえます。

食料システムの変革は、2020年世界GDP換算で4-8%に相当する年5-10兆ドルの純便益をもたらすことが期待されます。低排出エネルギーへの移行など、食料分野以外の移行と合わせることで、食料システム変革は、今世紀末までに地球温暖化を1.5℃以下に抑制実現にも貢献します。

COP28におけるエミレーツ宣言が150か国以上によって署名された今こそ、食料システム変革を進めていくまたとない機会です。世界の食料システム変革は、国・ローカルレベルのアクションによってなされます。変革の在り方について万能なレシピはありませんが、以下、国・ローカルレベルの政策策定の成果最大化の参考となる、5つの戦略プライオリティを掲げます。

  • 健康な食生活への消費パターンの移行:不健康な食品マーケティングの規制や課税、パッケージへの栄養ガイダンス表示、健康な食選択肢の公共調達など
  • インセンティブの見直し:環境破壊型農業から持続的農業への補助金重点化によるインセンティブ見直しなど 
  • インセンティブの見直し:カーボン貯留や窒素汚染削減に対する課税税収による貧困農家支援など
  • 労働生産性・生業機会の拡大につながるイノベーション奨励:民間部門における技術開発を補完し、小規模農家や低・中所得国の生産者のニーズを見越した国立・国際研究機関による研究開発
  • 最貧困層に手の届く価格で食料アクセスを保障するセーフティネットの拡充

 

(参考文献)
Ruggeri Laderchi, C., et al. (2024). The Economics of the Food System Transformation. Food System Economics Commission (FSEC), Global Policy Report. https://foodsystemeconomics.org/wp-content/uploads/FSEC-Global_Policy_R…

 

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)


 

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