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841. 食卓のアレを使って土壌分析!?

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841. 食卓のアレを使って土壌分析!?

 

土壌にはリン酸と結合する性質(リン吸着能)があります。リン吸着能(日本ではリン酸吸収係数という指標が広く使われています)が高い土壌では、せっかくリン肥料を撒いても作物に吸収される前に土壌と結合してしまうため、施肥効率が悪くなります。畑の土壌のリン吸着能がどれだけ高いのかを知ることができれば、農家はどれだけのリン肥料を撒くべきかを判断することができます。土壌のリン吸着能は、生産現場においては施肥基準として役立ちます。

このリン吸着能を調べるには、通常、化学分析が必要です。そのため、農家が畑の土壌のリン吸着能を知るには、一般的な土壌診断と同様に、畑の土壌と分析にかかる費用をしかるべき機関に送り、分析結果を受け取ることになります。

最近の研究によって、土壌のリン吸着能は、乾いた土壌に含まれるわずかな水分含量と密接に関係している、ということが明らかになりました[1][2]。この発見は、一見無関係に思われるリン吸着能という土壌の化学的性質が土壌に含まれる「水」という土壌の物理的な性質に結びついている、という点でとても意外で興味深い発見でした。しかも、土壌水分含量なら、乾かす前と後の土壌の重さを測るだけで調べることができるので化学分析を必要としません。リン吸着能を調べるためのハードルを大きく下げられる可能性を感じました。

しかし、そこには一つ乗り越えなければいけない課題がありました。乾いた土壌の水分含量は、なかなか安定しないのです。乾いた土壌であるがゆえに、水分含量も1%に満たない微々たる量です。そのため、土壌を乾かしている間の空気中の温度や湿度に影響を受けて、水分含量も変わってしまいます。乾かした時の天気が雨か晴れかによって土壌水分含量が変わってしまっては、リン吸着能の正確な推定には使えません。このわずかな水分含量を安定させることが、実用化に向けたポイントでした。

この課題を解決するヒントは、たまたま聴いていた植物の乾燥耐性についての研究講演で見つかりました。空気が乾燥したら植物の葉っぱがどのように萎れていくのかを調べるために、飽和塩溶液を使って密閉庫内の相対湿度を制御している実験の様子を目にしたのです。私はその時初めて、飽和塩溶液には密閉庫内の湿度を一定に保つ性質があり、塩の種類を変えることで相対湿度も調整できることを知りました。これは使えそうだと思いました。さらに文献を調べると、様々な種類の塩がある中で、食塩(塩化ナトリウム)の飽和水溶液は、温度によらず、ほぼ一定の相対湿度を保つことができるということも知りました[3]。しかも食塩なら誰でもどこでも手に入れることができます。私は食塩を使ってみることにしました。試行錯誤の末、次の方法で土壌を準備すればいいという結論に至りました。

「タッパ―やお菓子の缶など密閉できる容器に、ある程度乾かした土壌を飽和食塩水と一緒に入れて一週間放置する。」

これだけです。こんな簡単な方法で、土壌のリン吸着能を推定するための水分を含んだ土壌を、外気の条件によらず高い再現性で準備できるようになりました。さらに、この土壌水分含量を用いたリン吸着能を推定するモデルの精度は驚くほど高くなりました(決定係数R2 = 0.870;予測値が実際の値とどのくらい一致しているかを表している指標で、1に近いほど精度が高い)[4]

かくして、どこの家庭の食卓にもある食塩を活用した土壌分析法が開発されました。ちなみに、この分析法の開発のために使用したのは、マダガスカルの300筆以上の田んぼから集めてきた土壌です。特別な技術や機械を必要としない土壌分析法は、実験環境があまり整備されていないマダガスカルなどの開発途上国の生産現場において特に重宝されます。日本ですと、安全安価な実験として、お子さんの夏休みの自由研究などにも使えるかもしれません。どんな形であれ、この技術が世界のどこかで誰かの役に立つことを願っています。

 

本研究は、国際科学技術財団研究助成とSATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上(国際農研・辻本泰弘 研究代表)」で実施しました。


(アイキャッチ写真)
塩化ナトリウム(食塩)。国際食品規格(コーデックス規格)では、食塩の成分は97%以上が塩化ナトリウムとされています。実験には実験用試薬である塩化ナトリウムを使いました。


(参考文献)

[1] 木下・谷 (2020) https://doi.org/10.20710/dojo.91.5_385
[2] Nishigaki et al. (2021) https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0016706121004067
[3] Greenspan (1977) https://doi.org/10.6028/jres.081A.011
[4] Nishigaki et al. (2023) https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00380768.2023.2245420

 

(関連するページ)

国際農研アフリカ農業研究特設ページ
https://www.jircas.go.jp/ja/africa-research

335. 有機資材を活用して、マダガスカル稲作の低生産性を克服する
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20210713

354. 土壌が変われば肥料の効果も変わる ―きめ細やかな肥培管理の実現に向けて―
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20210811

698. 肥料入手可能性についての課題
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20230118


(文責:生産環境・畜産領域 西垣智弘)

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