Pick Up

815. 地理的に差別化した肥料戦略の必要性

関連プログラム
情報

 

815. 地理的に差別化した肥料戦略の必要性

ロシアは肥料および肥料生産原料の最大の輸出国の一つですが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻により天然ガスの価格が高騰し、肥料生産価格は史上最高水準まで高騰した結果、食料価格の上昇につながりました。 地政学的な紛争や供給寸断は、相互に連環しあう燃料・肥料・食料(fuel–fertilizer–food nexus)危機に対する我々の脆弱性を再認識させる契機となっています。

化学的に合成された窒素肥料の価格は、国際的な化石燃料供給・価格の変動と連動しています。窒素肥料の生産は、大量の化石燃料を消費し、それ自身が温室効果ガス排出に繋がります。一方、世界の各地において、窒素肥料への依存度は大きく異なります。したがって、窒素肥料価格の急騰は食料安全保障を脅かしますが、過剰使用の国と過少使用の国とでは対応策も異なるはずです。

 

6月29日にNature Sustainability誌で公表された論文は、窒素肥料の過剰使用国・地域、対する過少使用国・地域と、地理的に差別化された有機・肥料戦略の有効性を検証しました。

穀物やそのほか作物の生産において、窒素は収量を決定する極めて重要な要素です。化学的に合成された窒素肥料の大量施用は作物の高収量を保障しますが、同時に「地球の限界」を超えて窒素循環のバランスを崩す最大の原因となっています。一方で、世界における窒素肥料の使用度は極めて偏っており、ある地域では過剰施用され、ほかの地域では適正な使用量を下回る過少施用が問題となっています。

過剰施用のケースでは、肥料として与えられた窒素の半分以上が環境中に漏れ出し、水質汚染や温室効果ガス排出の原因となっています。このようなケースでは窒素利用効率を改善するような品種の導入・施肥方法の改善が求められます。

他方、過少施用の例としてあげられるサブサハラアフリカ地域では、有機および化学肥料施用量は作物が要する養分補充に満たず、生育不良を引き起こし、バイオマス生産・炭素貯留の制約となり、地力の低下により土壌の健康を損ねる事態をもたらしています。農家にとって肥料投資への経済リターンが低く圃場レベルでバラツキがあることが、施用度が低水準にとどまる原因の一つとして指摘されています。窒素が絶対的に不足し養分が持ち出される状況では窒素利用効率の改善は見込めず、有機物の追加や生物学的に窒素固定をする作物の導入が有効な戦略であると考えられています。

論文は、窒素肥料危機への政策対応を議論するため、食料安全保障上の課題を抱えつつも、窒素肥料事情の異なる3か国の途上国のケース ― インド:窒素肥料過剰使用、エチオピア:窒素利用率は地域・生態系ゾーン毎に大きく異なりつつも多くの地域で窒素肥料過少使用、マラウイ:ほぼ全域で窒素肥料過少使用、を事例として、地理的に差別化された肥料戦略の有効性を検証しました。化学肥料に関しては、窒素肥料不足・低収量地域に窒素肥料供給を優先し、対照的にインドの米・小麦作地域のような窒素肥料過剰使用・高作物収量国では窒素・リン・カリおよび微量栄養素のバランスのとれた使用を追求する必要性を提起しました。著者らは、このような肥料戦略を可能にするうえで、政府による普及システムへの投資、および圃場レベルでの窒素施用改善への誘因を与える補助金等の見直しの必要性を訴えました。

 

国際農研が実施している途上国を対象とした農業技術開発の中でも、インド等の窒素肥料過剰使用国における生物的硝化抑制(BNI)強化作物・生産システムの開発、アフリカ稲作システム畑作システムにおける作物・栽培技術開発は、地理的に差別化された肥料戦略への貢献が期待されます。


(参考文献)
Snapp, S., Sapkota, T.B., Chamberlin, J. et al. Spatially differentiated nitrogen supply is key in a global food–fertilizer price crisis. Nat Sustain (2023). https://doi.org/10.1038/s41893-023-01166-w

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)
 

関連するページ