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585. 世界農産物市場の動向

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585. 世界農産物市場の動向

ロシアによるウクライナ侵攻による食料供給の寸断で世界的な食料安全保障の危機が懸念されるなか、7月22日、国連とトルコの仲介により、黒海からウクライナの穀物輸送を再開する一方、ロシアの食料・肥料の国際市場へのアクセスを保障することで合意したことに対し、アントニオ・グテレス国連事務総長は人類にとっての「希望の光」と歓迎しました。  一方、その24時間内にオデッサ港の攻撃が伝えられ、状況打開に暗雲が立ち込めています。 

 

2022年6月末に、国連食糧農業機関 (FAO)が公表した農産物市場白書(The State of Agricultural Commodity Markets 2022:SOCO 2022)は、食料・農業貿易の地勢:持続可能な開発のための政策アプローチ(The geography of food and agricultural trade: Policy approaches for sustainable development)を取り上ました。  

報告書によると、この白書が最初に発行された2004年以来の18年間で、世界は大きく変容しました。世界の食料・農業市場は1995年から拡大を続け、新興国や途上国が世界で果たす役割も大きくなってきています。かつては単に経済的な取引と見なされた貿易も、経済・社会・環境的なアウトカムを進展させるための重要なツールになってきました。2008年の世界食料価格危機の際と比較し、2020年初頭に発生したCOVID-19パンデミックによって生じた供給寸断は、国際的な協調によって短期的に抑えられ、十分に統合された食料システムの強靭性を示しました。

現在は世界の穀倉地帯の一つであるウクライナでの戦争が、食料・農業市場の寸断を含む複数のチャネルによって世界の食料・栄養安全保障を脅かしています。状況が長引けば、ウクライナが今期および来期に生産・収穫・輸出する能力に不確実性を高めています。このような危機に対し、貿易ネットワークの深い理解にもとづき、食料・農業市場の機能を保障するアプローチが必要とされます。同時に、食料・農業市場の世界的な統合は、貿易による環境・社会への潜在的な影響をもたらす懸念も伴います。食料・農業の国際貿易は、生活様式や食生活変化を加速させ、格差を拡大させることを通じ、森林破壊や生物多様性喪失・自然資源の枯渇の原因として見なされています。報告書は、多国間・地域間で貿易を推進する努力が、紛争・パンデミック・異常気象といったショックへのフードシステムの強靭性を高める一方、持続的開発にとっても重要な意味を持つことを示しています。

 


国際農研のミッションでもある、途上国農業の技術開発にとって、いくつか示唆的なメッセージを引用します。

 

食料・農業貿易の決定的な要因:

先進国と途上国の間の農業生産性はしばし大きく乖離しており、低所得国は優れた技術の採択において様々な制約に直面しています。平均でみて、上位10%の高所得国は、下位10%の低所得国と比較し、労働者あたり70倍以上の農業付加価値を生み出しています。多くの低中所得・低所得国は技術採用・とくに近代的な投入財へのアクセスが阻まれています。小規模な経営体、とりわけ女性向けの保険・金融・教育アクセスへの制約が途上国における低農業生産性の原因になっています。

世界的にみて、国の間で相対的な生産性の違いが大きいほど、比較優位の影響が大きくなっています。世界の食料・農業貿易を形作る上での比較優位の役割は、貿易政策や貿易のコストによって弱められます。とくに貿易にまつわるコストは、低所得国にとり、貿易による世界経済への統合を阻み、経済構造の転換に負の影響を及ぼします。生産性の向上、関税壁の撤廃、貿易コストの削減は、貿易からの便益を増やしますが、格差への対応のために補完的な政策が必要となります。


食料・農業貿易の環境インパクト:

世界的に、食料・農業貿易は土地・水利用の効率性を向上しますが、ときに負の環境インパクトをもたらすこともあります。貿易による環境の外部性の多くは、現地の事情によるもので、貿易政策は特定の環境対策によって補完される必要があります。多国間の貿易ルール、および地域レベルでの貿易合意は、環境関係の規定を含めることで、それが法的拘束力をもてば、貿易による環境インパクトの問題に対応することを可能にします。

 


(参考文献)

FAO. 2022. The State of Agricultural Commodity Markets 2022. The geography of food and agricultural trade: Policy approaches for sustainable development. Rome, FAO.
https://doi.org/10.4060/cc0471en

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)

 

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