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326. 稲作農家を対象とした天候インデックス保険の設計 ‐東南アジア・デルタ地域農家の気候変動適応力向上を目指して

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326. 稲作農家を対象とした天候インデックス保険の設計 ‐東南アジア・デルタ地域農家の気候変動適応力向上を目指して

近年、気候変動の影響を受けてか、異常な大雨が頻発するようになり、多くの人的・経済的被害を伴うようになっています。多くの人命を奪った2018年のインド西岸部、および2020年の長江流域での大雨は記憶に新しいところです。2018年における我が国の大手損害保険会社の保険金支払いの合計は、線状降水帯による集中豪雨と広範囲にわたる台風の上陸により過去最高の値を記録しました。

開発途上国の沿岸地域は、サイクロン上陸や高潮の危険に絶えずさらされており、その被害規模は気候変動とともに年々深刻化しているところです。とりわけ、サイクロンの上陸による洪水・塩水侵入は、農業生産に中長期的なダメージをもたらします。例えば、2008年5月2日、これまでにない強いサイクロンの”ナルギス”がミャンマー沿岸部のエーヤワディー地域に上陸し、10万人以上の命を奪いました。サイクロン上陸による土壌塩分濃度の上昇が植物の生長に与える影響は数年に及ぶこともあります。”ナルギス”の上陸以来、同国の沿岸部では、このような極端現象にいかに対応するかが課題になっています。

極端な現象の頻発に対して、生命のみならず生産物を対象とした保険の需要が高まっています。食料を確保し、農家の所得を安定させる作物保険は、気候変動への適応策の有力な候補となっています。農家が、通常の作物保険を購入した場合、気象条件がとても厳しいならば、保険金を得るために、耕作を放棄することがあります。また、被害の把握のために、保険会社は多くの費用を負担することになります。このようなモラルと費用の問題は、作物保険普及の足かせとなっています。

通常の作物保険が抱えるこれらの問題点を克服し、途上国の農家の持続的な経営を実現するために、天候インデックス保険(WII)が開発されてきました。この保険は、降雨量や気温などの天候指標が、ある値を上回る、あるいは下回る場合に保険金が農家に支払われるというものです。この保険は、天候指標にのみ依存するため、農家の保険金を当てにした行動から影響されません。また、被害の把握に関わる費用も少なくなります。保険金を当てにした行動から解放され、また、調査費用が少ないWIIは、途上国の農家にとって、持続的な経営を実現するために非常に重要な気候変動の適応策で、タイやインドでは実際に販売されています。

しかしながら、このWIIは良いことばかりではありません。もし、被害を受けた地域が、気象観測施設から離れているところにあるならば、被害を受けた地域の天候を正しく把握できないため、たとえ作物が被害を受けたとしても、保険金が支払われないことがあります。この場合、農家は、作物が被害を受けるというリスクと、被害を受けても保険金が支払われないというリスクの二重のリスクに直面することになります。被害を受けても保険金が支払われないとうリスクを低くするために、衛星データの活用、農家が実際に望む保険の把握と、それらを踏まえた保険のデザインの提示が望まれています。

国際農研やイエジン農大を含む学際的プロジェクトチームは、災害を受けやすいミャンマー沿岸部の稲作農家を対象とした天候インデックス保険(WII)の開発に向けて、サイクロンの上陸および塩害の頻度の計測、災害別の保険への需要の把握、持続可能な農業経営のための保険の設計を行いました。 まず、対象地域のリスクレベルを把握するために、衛星データと統計データを用いて、ベンガル湾のサイクロンの経路変化と災害頻度、塩水侵入面積が求められました。次に、農家が災害のどの側面を重視しているか実験的な調査を行った結果、塩水侵入よりも、それを引き起こすサイクロン上陸、洪水、あるいは干ばつに対する保険の需要が相対的に大きいことが明らかとなりました。最後に、降雨量をインデックスとした洪水に対するWIIの経済モデルを構築し、平均的農家の保険料を計算しました。その結果、対象地域の平均的な稲作農家が、もし、1年間に41.5米ドルを支払えば、厳しい環境の下でも、所得が安定することが明らかとなりました。

一連の分析結果はPaddy and Water Environment誌の特集号に公表されることになっており、東南アジア沿岸地域で活動する損害保険会社のWII開発に大きく寄与することが期待されます。


(参考文献)
Furuya J, Omori K, Aizaki H (2021) Toward the development of a weather index insurance for rice farmers in the coastal region of Myanmar. Paddy and Water Environment https://link.springer.com/article/10.1007/s10333-021-00862-7

(文責:社会科学領域 古家 淳)