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1079. 新たな地球システムへの危機

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1079.地球システムへの新たな危機

 

地球システムの未来についての議論は、気候変動対応が中心となっていますが、住みやすい世界を将来世代にも引き継いでいくうえで、生物圏をはじめとしたシステムについても配慮する必要があります。その際に、ストックホルム・レジリエンス・センターのロックストローム博士のグループが提唱した、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)概念が参考になります。

プラネタリーバウンダリー概念のもと、地球システムの安定性にとり最重要なプロセスとして、気候変動、生物圏の一体性、生物地球化学的循環(窒素・リン)、海洋酸性化、土地利用の変化、淡水利用、オゾンホール、大気エアロゾル粒子、新規化学物質による汚染、の9つのバウンダリー・限界点が選ばれています。科学者らは、これらプラネタリーバウンダリーに対する人為的な攪乱度の数量化も試み、「Safe Operating Space (SOS):地球システムが自らの回復力 (resilience) を発揮することによって基本的な機能を維持できる、いわば人類が安全に活動できる領域」を定義してきました。

昨年9月に発表された論文は、9つのプラネタリーバウンダリーのうち、気候変動、生物圏の一体性、生物地球化学的循環(窒素・リン)、土地利用の変化、に加え、淡水利用、新規化学物質汚染、の6つが危険領域を超えていると結論しています。海洋酸性化も領域を超えるギリギリの状況にあり、大気エアロゾルは地域よっては既に超え、既に領域を超えているバウンダリーの状況は悪化しています。 

7月15日、Nature Ecology and Evolution誌に発表された論文は、世界各地の淡水・海水エコシステムにおいて観測される貧酸素化(aquatic deoxygenation)を、地球システムの安定性を脅かす新たなプラネタリーバウンダリー・限界点として提唱しました。
 

論文によると、1980年来、湖と貯水池はそれぞれ5.5%・18.6%の酸素を失う一方、海洋は1960年来2%の酸素を失っていると推計されます。後者の数字は小さいように見えても、海洋の規模を考えれば酸素喪失の海洋エコシステムのインパクトは非常に大きく、地域差もあり、カリフォルニア沖では過去数十年間に40%の酸素を失ったとも推計されています。

水域における酸素喪失の原因は、温室効果ガス排出による地球温暖化と土地利用変化に伴う栄養塩流入であるとされています。まず、水温上昇は水中の酸素の溶解度を低下させます。さらに地球温暖化のもと、密度が低く暖かい塩分濃度の低い水が塩分濃度が高い冷たい深層水の上に重なることで水の成層化をもたらし、酸素の乏しい深層水が酸素の豊富な表層水と混ざりにくい状況をもたらします。加えて、陸からの栄養塩の流入が藻の繁殖による富栄養化を助長し、有機物が沈殿して微生物に分解されるに伴い、より多くの酸素が消費されます。

酸素が乏しい海域では、魚類・貝類・甲殻類は大きなダメージを受け、漁業養殖業・観光業も影響を受け、食物連鎖に波及して生態系の崩壊をもたらしかねません。さらに酸素が不足する環境下での微生物プロセスは、亜酸化窒素やメタンといった温室効果ガス発生につながり、気候変動の加速とさらなる水域における貧酸素化を促進しかねません。

論文は、水域における貧酸素化の限界に近づくにつれ、いくつかのプラネタリーバウンダリーにも影響を及ぼし、取り返しのつかない状況をもたらしかねないと警鐘をならし、地球温暖化および陸域における栄養塩の流入といった本質的原因に早急に取り組むことを提言しました。

 

(参考文献)
Rose, K.C., Ferrer, E.M., Carpenter, S.R. et al. Aquatic deoxygenation as a planetary boundary and key regulator of Earth system stability. Nat Ecol Evol 8, 1400–1406 (2024). https://doi.org/10.1038/s41559-024-02448-y

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)
 

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