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958. 欧州における気候変動・環境保全対策のゆくえ

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958. 欧州における気候変動・環境保全対策のゆくえ

 

欧州グリーンディール政策は、欧州での生物多様性の喪失を食い止めるという公約履行のために、EU域内全体での化学農薬の使用量とリスクを2030年までに50%削減することを目指しています。欧州委員会は、グリーンディールの目標に向け、化学農薬の使用量とリスク、および有害物質の使用削減に関し、植物防疫産品の持続的利用に関する規制(the Sustainable Use of Plant Protection Products Regulation:SUR) 案を承認しました。SURは農薬削減目標を含め拘束力ある初めての規制ということで科学者から広く支持を受けてきた一方、ロシアによるウクライナ侵攻が欧州の食料・飼料安全保障に不確実性をもたらす中で反対意見も多く、11月に欧州議会によって否決されました。 

この後もEU理事会および欧州議会との間で調整が続けられてきましたが、欧州諸国の農家による補助金廃止等への反発が高まる中、2月6日、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、SUR案の現時点での制定は難しいとし、取り下げる(shelving)意向を表明しました。欧州における環境規制政策の動向は、国際的な環境政策議論にも影響を与えます。この背景と意味するところについて、Science誌の論説を紹介します。

様々な背景を持つ欧州の農家ですが、低収入・コスト高・規制負担・貿易合意、そして頻度を増す異常気象に直面する中、フラストレーションを抱えているという点で利害が一致、オランダ・ドイツ・フランス・スペインをはじめとした国々で道路封鎖を含む反対運動を動員していました。

フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、SUR案が二極化・分断の象徴となってしまったことを憂い、対話を続け、異なるアプローチを探っていくと述べたと伝えられています。SURの撤回は、6月に控える欧州議会選挙を見据えた農家・政治団体に対する譲歩と見られています。

2月6日にEUが発表した政策文書(後述)において、EUは2040年までに温室効果ガス排出を90%削減すると言及しましたが、草案にあった農業部門における特定目標への記述は削減されました。また、1月31日、生物多様性と土壌保全に貢献するとされた4%の休閑地設定義務も緩和し、遵守しない農家もEU補助金を引き続き受けることが提案されたそうです。

EUの研究者の多くは、法案は持続的農業に関する科学的エビデンスに基づいていたとして、今回の撤回に強い懸念を表明しています。農業経済学者は、2005年来、欧州の農業部門における所得上昇率は他部門と比べても大きかったにもかかわらず多くの農家は厳しい経営状態におかれているとし、過去数十年間に規制環境が極めて複雑化していることに理解を示しつつ、環境目標達成のために政府・農家間の対話継続の重要性を強調しました。

 

一方、2040年までに1990年比で温室効果ガス排出90%削減を目指す気候変動対策について言及したEU報告書について、Nature誌は、研究者らから野心的すぎるとの懸念が出ているとの論説を発表しました。 報告書の想定が、化石燃料削減を優先するよりも、二酸化炭素除去(Carbon Removal)など未だに実現可能性が証明されていない技術に依存しすぎているというのがその理由です。

報告書はまだ法的拘束力はありませんが、EUが2030年目標を延長していく際の議論の根拠となるとみられています。2040年目標は「純減」に焦点を当てており、温室効果ガス排出削減と同時に、排出されたガスを地中深くに貯留・圧入する二酸化炭素回収・貯留(carbon capture and storage :CCS)といった技術の実現を想定しているようです。しかしCCSは大規模に実装可能であるというエビデンスはまだありません。

 


気候変動・環境保全対策の実施は急務である中、農家の経営状況への配慮や政治とのバランスが求められています。気候変動緩和・環境保全と食料経済安全保障のトレードオフを解消していくうえで、生産性維持向上と環境負荷削減の両立を可能とするイノベーションの実現が急務となっています。

 

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)


 

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