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895. 食の環境・健康・社会コスト
895. 食の環境・健康・社会コスト
我々の農業食料システムは二面性を抱えています。食料システムは、世界人口に対する食と10億を超える人々に生活の糧を提供していますが、同時に、現状の非持続的な慣行のもとで、全ての人々に健康な食生活を保障できておらず気候変動・自然資源劣化の原因ともなっています。我々の生存が一つしかない地球にかかっていることを踏まえれば、食料システムの在り方を見直さなければなりません。一方、一般・ビジネス・政府部門のそれぞれの関係者は、食生活にかかる日々の意思決定が経済・社会・環境持続性に与える影響について認識する機会がありません。その理由の一つとして、農業食料システムによる環境・経済・社会への負の影響が市場コストには反映されない隠れたコスト(hidden costs)であることによります。
11月6日、国連食糧農業機関(FAO)は、2023年世界食料農業白書(The State of Food and Agriculture 2023)を発表、農業食料システムの真のコストの推計を試み、より具体的には、農業食料システムにおける隠れた環境・健康・社会コスト概念と、以上のコストを計上するアプローチを提案しました。
農業食料システムの隠れたコストを推計する試みは他にもありますが、本報告書は既に存在するデータを活用して国レベルで隠れたコストを因数分解し、分野毎のコストを異なる国の間で比較可能な形で提示した初めての試みになります。今年は国レベルでの推計値を示し、翌年のレポートにおいてより詳細な分析に基づく食料システム変革への政策提案を行う予定だそうです。
2023年報告書は、154か国の国レベルに基づく評価を行い、世界的に見て農業食料システムにおける隠れたコストが2020年購買力平価ドルベースで10超ドル超え(12.7兆ドル)、2020年購買力平価での世界GDPのおよそ10%に相当することを示しました。
まず隠れたコストの多くが上位中所得国(5兆ドル・39%)と高所得国(4.6超ドル・36%)に集中し、低中所得国・低所得国のシェアはそれぞれ22%・3%でした。
隠れたコストの70%以上(73%)に相当する9兆ドルが健康コストとされ、過度に加工された食品・脂質・糖質摂取に特徴づけられる食生活が肥満や非感染症疾患を引き起こし、労働生産性の喪失をもたらしました。健康コストは、とりわけ高所得・高中所得国で高くなっています。
隠れたコスト全体の20%相当(2.9兆ドル)は主に農業生産と関連する環境コストで、農業部門付加価値の3分の1に相当しました。内訳の半分以上が窒素関連によるもので(水質汚染や温室効果ガス排出)、次に温室効果ガス排出(30%)、土地利用変化(14%)、水利用(4%)に起因しました。
隠れた社会コストは貧困や低栄養と密接に関わっており、隠れたコスト全体におけるシェアは小さいものの(0.5兆ドル)、低所得国の全ての隠れたコストの50%以上を占めました。
低所得国は、国民所得に占める農業食料システムの隠れたコストの負担が最大となり、中所得国・高所得国での対GDP負担がそれぞれ12%・8%であったのに対し、低所得国では27%に相当しました。低所得国においては、貧困や低栄養と関連する隠れた社会コストが際立っていました。
このような農業食料システムの隠れたコストは現在および将来世代の厚生に負の影響を及ぼします。しばし、このようなコストを伴う経済活動から便益を受けない社会層が、最大のコストを負担する傾向にあります。隠れたコストを把握し、その緩和に努め、持続的な方法で栄養ある食の供給を可能にする農業食料システムの便益を最大化していくことが急務です。
報告書は今回の推計を暫定値としつつも、農業食料システム変革のための意思決定において、隠れたコストに早急に取り組む必要を訴えます。その上で、とりわけ低所得・中所得国における一貫した意思決定・政策策定に役立つデータ収集やキャパシティビルディングへの投資、および、研究・データ収集におけるイノベーションが求められます。
(参考文献)
FAO. 2023. The State of Food and Agriculture 2023. Revealing the true cost of food to transform agrifood systems. Rome. https://doi.org/10.4060/cc7724en
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)