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845. サバクトビバッタが脱皮中の共食いを避ける行動を解明 -農薬使用量の削減に繋がる防除方法確立のために

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845. サバクトビバッタが脱皮中の共食いを避ける行動を解明 -農薬使用量の削減に繋がる防除方法確立のために

 

サバクトビバッタ(以下、バッタ)は、西アフリカからインドにわたる半乾燥地域に生息していますが、しばしば大発生し、深刻な農業被害を引き起こします。2020年から2021年にかけて、東アフリカと南アジアで大発生し、深刻な農業被害が報告されています。バッタの発生地は広大で、特に成虫は長距離飛翔するため、農薬散布による防除は困難です。国際農研では、バッタの被害の軽減を図るため、バッタの生態に基づいた効率的な防除技術の開発を目的とした研究を実施しています。Pick Upでは、これまでにバッタの防除技術開発の意義と方向性について議論したほか、東アフリカにおける気候変動とバッタ大発生に関する論文や、COVID-19とバッタの世界食料市場インパクトに関するシナリオ分析に関する論文の紹介を行ってきました。今回は、農薬使用量の削減に繋がる防除方法を確立するために必要不可欠なバッタの幼虫の集団行動に関する国際農研の研究成果について紹介します。

サバクトビバッタを含むトビバッタ類の群生相の幼虫は集団で移動する性質があり、これは「後続から共食いされるのを避けるために前に移動し、それと同時に前方の個体を共食いするため」という解釈がなされ、共食いの重要性が注目を集めてきました。2023年5月にはScience誌からは、トノサマバッタの群生相幼虫がフェロモンを出すことでお互いの共食いを避けていることを報告する論文が発表されています(Chang et al., 2023)。トビバッタ類の幼虫は発達した後脚を持っており、身に危険が迫るとジャンプして即座に逃げることができますが、脱皮中は身動きがとれず、共食いのリスクが高まります。しかし、集団内でどのように脱皮中の個体が共食いを避けているのかは不明でした。この点を明らかにするため、モーリタニア国立サバクトビバッタ防除センター、フランス農業開発研究国際協力センターと共同で、サハラ砂漠において野外調査を行いました。日中、食欲旺盛な群生相の幼虫は移動を続けますが、脱皮直前の個体は移動と摂食を止め、植物に留まりました。この行動により、幼虫は共食いの危険が少ない状況で安全に脱皮していることがわかりました。そして、夜間、幼虫は比較的大きな植物上で密集して一夜を過ごしますが、脱皮する準備が整った幼虫は他個体から離れて脱皮し、共食いを避けていました。また、一日の内、脱皮する時刻と空腹レベルとの関係を調査したところ、幼虫が最も腹を空かせている早朝は脱皮せず、餌を食べほぼ満腹になっている日中に多くの個体が脱皮しました。空腹時に共食いの危険性が高まるため、生理的にも脱皮中の共食いを避けていることがわかりました。

以上の結果から、脱皮前後の個体は移動を止め、植物上に留まるため、そのタイミングを見計らって防除することが効率的であることが明らかになりました。バッタの生態を応用することで、必要以上に農薬を使用しない、環境や健康に配慮した防除に結び付くことが期待されます。

2022年、農林水産省では、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」を策定しました。同戦略では、化学農薬の低減による環境負荷軽減に取り組むこととなっています。本研究では、バッタの防除に使用する化学農薬の低減に寄与する成果が得られました。この成果は「みどりの食料システム戦略」の国際展開に貢献することが期待されます。国際農研は、今後も、バッタなど世界的に大きな問題となっている越境性害虫に対する、環境負荷が小さい防除手段の開発を推進します。

サバクトビバッタについては、国際農研に寄せられた質問に対する回答を中心に解説したページを公開しています。


(参考文献)
Chang, H. et al., A chemical defense deters cannibalism in migratory locusts. Science 380,537-543(2023). DOI:10.1126/science.ade6155

Maeno, K.O., Piou, C., Whitman, D.W., Ould Ely, S., Ould Mohamed. S., Jaavar, M.E.H., & Ould Babah Ebbe, M.A. (2023) How locusts avoid cannibalism. Behavioral Ecology, https://doi.org/10.1093/beheco/arad025

 

(関連するページ)
2. サバクトビバッタの予防的防除技術の開発に向けてhttps://www.jircas.go.jp/ja/program/program_d/blog/20200308_0

217. COVID-19とサバクトビバッタの世界食料市場インパクトに関するシナリオ分析
https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_d/blog/20210122

サバクトビバッタについて
https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_b/desert-locust

 

(文責:生産環境・畜産領域 前野浩太郎・小堀陽一、食料プログラム 中島 一雄)


 

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