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612. アメリカ農業コンテクストにおける気候変動対策の課題

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612. アメリカ農業コンテクストにおける気候変動対策の課題

気候変動対策の強化がバイデン政権の悲願でしたが、2022年8月中旬、温室効果ガス削減投資に向け、アメリカ史上最大規模の投資推進対策を盛り込んだインフレ抑制法(The Inflation Reduction Act)が成立しました。

この法案は、⼤企業や富裕層の課税強化を通じた財源確保を謳う一方、医療費負担削減対策に加え、クリーンエネルギー導入といった気候変動対策が目玉となっているとのことですが、農業部門にはどのような影響があるのでしょうか。アメリカ農業のコンテクストにおける気候変動対策の課題について、Science誌の論説がまとめています。 

北米の大平原プレーリーは、もともと世界で最も肥沃な土壌に恵まれていましたが、過剰な耕起によって土壌中の炭素が大気に排出されてきました。とりわけ、もともと湿地帯であったところや森林が農地に転換された地域では大量の温室効果ガスが排出されています。土壌の耕起の在り方だけでなく、化学肥料や燃料を大量に使用する農業機械、メタンを大量排出する家畜飼育を合わせると、アメリカの温室効果ガス排出の約10%が農業由来となります。こうした事態を鑑み、アメリカ議会は、時計の針を巻き戻し、炭素を一部でも土壌に戻すための試みに着手することを目指すことになりました。

今回の法は、森林保護と気候に優しい農業慣行推進のために250憶ドルを振り分けると報道されています。とりわけ、不耕起・カバークロップ(被覆作物)による土壌保全慣行を推進することにより土壌の健康を維持することが目指されています。化学肥料からの亜酸化窒素や家畜からのメタン排出を削減することも重要です。

一方で、こうした慣行がどの程度温室効果ガス排出の削減に役立つかについては、実際には特定の土壌類型や環境ごとに、作物・追加される有機物や微生物(温室効果ガスを排出することもある)の相互作用が異なり、また実際に効果が現れるまでに何年もかかる可能性(その間、慣行が中断されることも)もあり、まだ不確実性が伴います。いずれにせよ、こうした環境再生型慣行が当然となるような新たなパラダイムに農業を移行させることが目指されています。パラダイム移行の実現には、信頼に足る国レベルでの温室効果ガス排出インベントリ・推計モデルを構築する必要があり、保全慣行を通じてどの程度の炭素貯留が可能なのか、地道なデータ収集・エビデンス蓄積が要請されます。

 


気候変動に対する早急な対応に世界的に取り組む必要性が高まる中、アメリカ、欧州、アフリカ、南米、アジアモンスーン地域と、各国・各地域の農業をとりまく事情は異なります。よって、すべての国・地域の農業部門における温室効果ガス排出の原因も異なり、したがって温室効果ガス削減のための技術的アプローチには万能策はありません。一方で、持続的な農業慣行へのパラダイム・シフトは世界で避けられないトレンドになりつつあり、各国・各地域の教訓から学びあっていくことは重要になっていくと考えられます。

 

(参考文献)

ERIK STOKSTAD Can farmers fight climate change? New U.S. law gives them billions to try:  Cutting emissions from fertilizer and livestock will be key, scientists say 16 AUG 2022
https://www.science.org/content/article/can-farmers-fight-climate-chang…

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)

 

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