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256. 温暖化による熱帯地域での生存限界気温上昇

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春が来たばかりで、夏はまだ先ですが、近年の夏は激しい暑さに湿度も加わり、不快感が増しているように感じます。温度と湿度の双方を考慮し、人間の健康に影響を及ぼす指標として、湿球温度(wet-bulb temperature)という概念があります。汗の蒸発による人体の冷却は、周囲の空気の湿球温度(および相対湿度)が増加するにつれ抑制されます。人類にとっての生存の限界の暑さは湿球温度35°Cとされ、それ以上の環境では健康な若者でも命の危険に晒されるとのことです。現在は湿球温度35°Cに到達した地域は極めて少ないものの、温暖化が進行すると、21世紀中に南アジアや中東の辺りで危険な高温に到達する日が出現しかねないと予測されています。 

温暖化のもとでの極端な高温現象は、とりわけ今後も人口増が予測されている熱帯地域にとっての懸念問題です。2021年3月、Nature Geoscience誌で発表された論文は、従来の気候変動モデルで取り扱われてこなかった湿球温度を地域スケールで予測しました。

論文によると、熱帯地域の平均気温が1℃温暖化するごとに、南緯20度から北緯20度の地域で湿球温度が1℃程度上昇することを予測しました。論文は、産業化以降の気温上昇を1.5℃に抑えることで、熱帯地域が湿球温度35℃という人間の生存限界を超える可能性を最小化する必要性を訴えました。

以前のPick Up記事で取り上げたように、2020年12月、The Lancet誌にて公表された「ランセット健康と気候変動カウントダウン2020年」によると、気候変動はその原因に最も関与していない脆弱な人々の健康をリスクにさらしています。過去20年間、65歳以上のグループにおける熱中症関連の死亡率は、その前の20年間に比べ53.7%上昇、2018年には29万6000件が報告され、この殆どが日本、中国東部、インド北部、中央ヨーロッパなどで報告されました。インドやインドネシアでは熱波により労働に換算してGDP4~6%に相当する経済生産性の喪失が報告されています。気候変動という地球規模課題に対し、国際社会は課題に関するリスクや有効な対処法に関する情報を共有し、早急に緩和策、適応策、を講じる必要があります。


参考文献

Projections of tropical heat stress constrained by atmospheric dynamics, Nature Geoscience (2021). DOI: 10.1038/s41561-021-00695-3, dx.doi.org/10.1038/s41561-021-00695-3

(文責:研究戦略室 飯山みゆき)

 

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