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1392. 鉄を制するものはアフリカのイネを制す

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1392. 鉄を制するものはアフリカのイネを制す



憧れの職業、研究者になるまで

私が“研究者”という職業を身近に感じたのは小学1年生の頃でしょうか。その頃は恐竜が好きで、子供向けテレビ番組に出演していた恐竜の研究者を見て、「自分もこういう仕事がしたい!」と憧れを抱いたのが最初です。その後、恐竜熱は冷めることになりましたが、中高生だった2000年代前半は日本人のノーベル賞受賞ラッシュ。化学エンジニアだった父の影響や、天体観測が好きだったこともあり、化学や天文の研究をしたいと思うようになりました。その一方で、小学校4年生のときにバケツでイネが栽培できるセットを手に入れてから、植物栽培が好きになり、中高生の頃は自宅の庭で野菜を作るのを趣味にしていました。英語が好きだったこともあり、その頃から海外で農業指導をするという夢を持ち始めました。とはいえ、物理や天文の道もあきらめきれず、大学では一旦は理工系に進んだものの、進路変更して農学、イネ研究の道に進むことになりました。(あ、名字が決め手になったわけではありませんよ、念のため。)
    こうしてみると、進路決定においては、周りの環境の要因が大きいのかもしれません。これを読まれているみなさんの中には、まだ将来の道を決めていない人もいるかとは思いますが、もしかしたら日常生活の中にヒントが潜んでいるかもしれませんよ。
 

ひらめきは突然に!

さて、研究者というと白衣を身にまとい実験器具を持って実験室にこもるイメージを持たれる方も多いかもしれません。でも実は、そういった時間はごく限られています。データを取るのと同じくらい、論文を書く、実験のプランを考える、連携研究者と話し合う、関連する研究の動きをキャッチする、研究資金を調達する・・・などのたくさんの仕事があり、どれも研究をするうえで重要です。今は2児の子育てをしながら研究をしているので時間の制約もありますが、子どもをお風呂に入れているときにパッとアイデアが浮かび、それが研究の進展につながることも。そんな経験は、研究生活の醍醐味のひとつだと思っています。

 

多すぎる鉄が、イネにとって大問題

それでは私が専門とするイネの研究へと話を進めましょう。皆さんは、自分で野菜を育てた経験がありますか?植物を上手に育てるのは結構大変で、温度や栄養などいろいろな条件を整えなければなりません。中でも重要なのが、バランスよく栄養を取ることです。植物が健康に育つためには17種類の元素が必要とされています。しかし、世界の多くの地域では栄養素の量が適切ではなく、ある養分が欠乏していたり、逆に多すぎたりしています。私が栄養素の中で注目しているのは”鉄”です。鉄は植物の必須元素ですが、東南アジアやアフリカの多くの地域では鉄が必要以上に供給されてしまい、植物、特にイネの生育に悪い影響を及ぼしています。これを「鉄の過剰障害」と言います。鉄の過剰障害は50年以上前から研究が進められていますが、そういう地域でどうすればイネの生育が良くなるのか、その遺伝子やメカニズムについてはほとんど知られていません。そこで、鉄の過剰障害を引き起こすメカニズムを解き明かし、そのような条件でもイネが健康に育つうえで重要なイネの遺伝子を発見するため、日々研究をしています。

 

研究の舞台、マダガスカルへ!

普段は日本で研究をしていますが、年に1−2度は研究対象地であるマダガスカルに出張します。マダガスカルまではおよそ11,000 km、移動のにかかる時間はおよそ24時間。地球の広さを感じさせられます。
    これまで30を超える国に行ったことがありますが、新しい国を訪問したときの私の鉄則はまず「ひたすら歩く」ということです。観光地や仕事上の目的地だけでなく、住宅街や地元の市場などにもズンズン足を進めます。その国の人が何をしているか、どのような日常を送り、どのように関わり合い、どのように生活を楽しんでいるかを理解したいからです。休日には10 km以上歩くことも珍しくありません。できるだけ現地の人とコミュニケーションを取り、いろいろ失敗を重ねながらその国の生活を学んでいきます。「覚えたてのフランス語でポテトフライの注文ができて達成感に浸っていたら、ご飯が出てきた」なんてことも。思わず苦笑してしまいますが、これも楽しみのうちです。

 

遺伝子を突き止めるために

マダガスカルは、先ほど説明した、鉄の過剰障害が起こっている国のひとつで、現地の研究者や学生たちと一緒に、問題解決につながる遺伝子を突き止めようと圃場試験を行っています。一緒に汗を流し、議論を行いながら、「ああ、これが高校生の頃に夢に描いていた将来なのだな」と感慨に耽ることもあります。そして面白い発見をした瞬間は、世界とのつながりを感じます。
    海外で研究をしていると、いろいろな意味で、日本とは違った経験ができるのが大きな楽しみです。マダガスカルの大学で大学院生向けのセミナーを行ったときのこと。セミナーの終了後、多くの学生が教室の前方の私のところまできてくれました。「おお、しっかり内容を理解してくれて質問にきてくれたのだな、感激!」と思ったら、「写真を一緒に撮ってもらえませんか?」とのこと。なんだか有名人になったような気分でした。その日は私の写真がマダガスカルのSNSで何枚か出回ったことでしょう。将来的には鉄過剰障害に関わる遺伝子を突き止め、本当に有名になってからまたセミナーをしに行きたい、と思ったのでした。

 

本文は、 広報JIRCAS掲載記事 を再掲しています。

(文責:生産環境・畜産領域 植田 佳明)