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1369. 気候変動対策の現状
1369. 気候変動対策の現状
世界資源研究所(WRI)等が編纂した気候変動対策の現状に関する最新の報告書「State of Climate Action 2025」によると、温室効果ガス(GHG)排出量の削減と炭素除去の強化に向けた世界的な取り組みは、パリ協定の気温目標を達成するために必要なペースと規模で実現できていません。以下、「気候変動対策の現状」報告書から、10の重要なポイントを紹介します。
1) 民間による気候変動対策資金は急激に増加し、これらの資金を動員するための世界的な取り組みは、「目標から大きくかけ離れている」状態から「目標からやや遅れている」状態へと改善しました。
2) グリーン水素、技術的な二酸化炭素除去、電気トラックといった比較的新しいイノベーションも、まだ主流となるには至っていませんが、2023年と2024年に目覚ましい進歩を遂げました。
3) 電気自動車(EV)の販売台数は依然として増加していますが、一部の主要市場における減速により、進捗状況は「順調」から「遅れ」へと後退しています。
4) 太陽光発電と風力発電を合わせた発電量に占める割合は、2020年以降、年間平均約13%のペースで成長していますが、2030年の目標達成には不十分で、現在の2倍以上の速さで成長する必要があります。
5) 世界は、石炭火力発電の段階的廃止や森林破壊の阻止といった、最も重要な気候変動対策のいくつかにほとんど進展が見られていません。2030年目標を達成するには、恒久的な森林減少率を9倍速く減少させる必要があります。
6) 化石燃料への公的資金投入は、補助金廃止に向けた世界的な誓約にもかかわらず、依然として増加傾向にあります。
7) 排出量の多い鉄鋼およびセメント生産の脱炭素化における進捗状況はまちまちです。
8) 世界で最も強力な温室効果ガス排出量の一部に対処するための有望な解決策が農業分野で登場しつつありますが、それらを大規模に展開する取り組みは十分ではありません。農
9) 食生活、交通網、建築物などにおける需要の変化は、大幅な排出量削減につながる可能性があるものの、こうした変化はまだ本格的に普及していません。
10) 一部の分野におけるデータ不足が依然として存在するため、世界の気候変動対策を完全に評価することはまだできません。
とりわけ、8)の農業分野技術についての現状報告について、もう少し詳しく紹介します。
農業生産は、世界のメタンと亜酸化窒素排出量の約半分を占めており、これらのガスは特に短期的にはCO2よりもはるかに高い温暖化効果を持っています。主な発生源には、腸内発酵(一部の家畜が消化の過程でメタンを放出するプロセス)、糞尿や堆肥などの有機肥料と化学肥料の両方の施用、水田稲作、そして糞尿管理などが含まれます。これらの絶対排出量は2000年以降、緩やかではあるものの着実に増加していますが、近年では農業における排出原単位(生産される食料1キロカロリーあたりの温室効果ガス排出量)は、主要な排出源すべてにおいて減少傾向にあります。2030年の目標達成には、肥料については現在の1.2倍、家畜の消化管内発酵については2.5倍、そして糞尿管理と稲作についてはそれぞれ6倍のペースで改善を進める必要があります。
しかし、こうした進捗を加速させることは容易ではありません。太陽光発電や風力発電のようにほぼあらゆる場所で導入可能な電力セクターとは異なり、農業分野における排出量削減には、これといった決定的な解決策が存在しないからです。むしろ、地域ごとの気候、土壌条件、作物品種、家畜の種類、農業慣習など、様々な要因を考慮に入れながら、それぞれの状況に合わせて技術や手法を調整していく必要があります。
とはいえ、有望な戦略はいくつか存在しますが、まだ大規模に導入されているものはありません。例えば、水田を繰り返し湛水と乾燥させる方法は、アジアの一部の国々で稲作によるメタン排出量を大幅に削減しています。また、消化しやすい飼料を導入することで、ヨーロッパと北米の多くの地域で家畜の消化管内発酵による排出量が削減されています。これらの戦略を最も必要としている地域に導入し、それぞれの状況に合わせて適用していくためには、より一層の協調的な取り組みと財政支援が喫緊の課題となっています。
報告書は、瀬戸際であるとしつつ、まだ軌道修正する時間は残されているとし、パリ協定の目標達成を可能にするためには、あらゆる分野における前例のない変革を呼びかけました。
(参考文献)
Schumer, C., S. et al. 2025. State of Climate Action 2025. Berlin, Germany, San Franciso, CA, and Washington, DC: Bezos Earth Fund, Climate Analytics, ClimateWorks Foundation, the Climate High-Level Champions, and World Resources Institute. https://doi.org/10.46830/wrirpt.25.00006, https://www.wri.org/insights/climate-action-progress-1-5-degrees-c-2025
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)