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1269. 将来を見据えた作物システム開発の必要性

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1269. 将来を見据えた作物システム開発の必要性

 

気候変動は、大気中のCO2上昇に伴い、気温・地表オゾン等に関する平均条件の変化および干ばつや洪水等の極端事象をもたらすことで、作物の光合成・水利用を通じて生産性に影響を与え、将来の食料供給にインパクトを及ぼすことが懸念されています。同時に、作物システムはCO2回収および炭素貯留に貢献する可能性を秘めています。The Philosophical Transactions of the Royal Society誌で公表されたレビュー論文は、気候変動の適応と緩和に向け、将来を見据えた作物システム(future-proof crop systems)の開発必要性を訴えました。

2050~60年までに、農作物は今日とは大きく異なる環境を経験するでしょう。大気中のCO2は2024年に427ppmに達し、2050~60年には約600ppmになるとも予測されています。2023年6月には、産業革命以前の水準と比較した世界の平均気温が1.5°Cを超え、2050~60年までに産業革命以前の気温よりさらに1.2℃上昇して2.7℃となり、より極端な気温現象も発生すると予測されています。地域によっては、いくつかの変化は農作物に利益をもたらしますが、農作物が将来予想される変化への備えができていない限り、収量減につながります。作物システムは、最悪の事態に備える必要があるのです。

なぜ、将来を見据えた作物生産がそれほど重要なのでしょうか。世界食料シナリオ予測のメタ分析によると、気候変動がない場合でも2050年までに世界で35~56%多くの食料が必要になります。この背景には、都市部に住む世界人口の割合の増加に伴う食品廃棄の増加、肉と乳製品の一人当たりの消費量の増加、そして世界人口の増加という3つの世界的傾向があります。気温上昇と干ばつの増加が加われば、予測される最大需要は62%まで上昇します。極端な事象(火災、熱波、洪水、極端な干ばつ)による作物の損失の増加により、十分な食料と備蓄を供給するために必要な生産能力がさらに15~20%増加します。十分な食料と備蓄を確保するには、現在使用されている土地の単位当たり収穫量をほぼ倍増させる必要性が推計されています。供給が需要を満たさなければ、作物の生産地の拡大と、特に熱帯林をはじめとする自然生息地のさらなる破壊は避けられない結果となり、気候変動と、現在急速に進行している生物多様性の喪失をさらに悪化させかねません。飢餓人口は2017年の5億4100万人から2023年には7億3100万人に増加しており、需要の伸びが生産を上回っている限り、この傾向は続くと予測されます。

レビュー論文は、将来の地球規模の変化に作物を適応させ、さらには作物を用いて大気中のCO2を除去するための多くの潜在的な機会について概説しています(こちらは省略、本文をご覧ください)。これらの機会の多くは最も効果的な遺伝的背景を特定することによってのみ実現可能であり、地域に適応し受け入れられている栽培品種に作物近縁種由来の遺伝子の導入や遺伝子編集を必要とし、育種と種子システムが機会を実現するカギとなります。

過去40年間、植物分子生物学を活用する機会は増しましたが、公的部門の育種機会は減少する一方、広大な作物育種能力を持つ少数の多国籍企業の取り組みのほとんどは短期的な金銭的利益に集中してきました。1980年から2024年の間に、多国籍企業による巨額の投資により米国のトウモロコシの収穫量は倍増しましたが、その約80%はエタノール生産または動物飼料として使用されているため、世界の食料安全保障への貢献は比較的少ないといえます。一方、公共分野の努力によるソルガムの収穫量はわずか12%しか向上しておらず、アフリカの多くの地域で主食となっているキャッサバに関しては、害虫、病気、干ばつによる損失に対抗するための品種改良の進歩にもかかわらず、収量の改善は限られてきました。

米国トウモロコシの例は、分子生物学、育種、種子流通システムにおける同様の投資によって公共分野の他の作物で何が達成できるかを示しています。特に食料不足の影響を最も受け続ける国々において、より多くの育種家を育成すること、および関連するハイスループット表現型解析および遺伝子型解析施設へのアクセスを確保すること、また、主要なバイオテクノロジーの規制緩和をより迅速かつ効率的に行うことも必要です。まだ時間があるうちに、これらのニーズに早急に取り組むべきです。


(参考文献)
Stephen P. Long. Needs and opportunities to future-proof crops and the use of crop systems to mitigate atmospheric change. The Philosophical Transactions of the Royal Society Published:29 May 2025 https://doi.org/10.1098/rstb.2024.0229


(文責:情報プログラム 飯山みゆき)

 

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