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1183. ネットゼロ目標に向けたCDRポートフォリオ

1183. ネットゼロ目標に向けたCDRポートフォリオ
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書(AR6)によると、現状の温室効果ガス排出トレンドのもとでは、オーバーシュートなしでパリ協定の気候目標1.5°Cに温暖化を制限することは困難とされ、二酸化炭素除去(Carbon Dioxide Removal :CDR)の実施が避けられないと考えられています。CDRは、即時かつ迅速な温室効果ガス排出削減の達成を可能にする緩和策の代替策とはなりませんが、AR6で評価された1.5°C–2°Cシナリオは、大気中からのCO2純除去の必要性を想定しているそうです。
CDRには様々な技術があり、バイオマスエネルギーの利用と二酸化炭素を回収・貯留を組み合わせた技術 (Bioenergy with Carbon Capture and Storage-BECCS)、農業・林業及びその他土地利用での隔離(Agriculture, Forestry and Other Land Use - AFOLU)、大気中に存在するCO2を直接回収し地中に貯留する技術(Direct Air Capture with Carbon Storage - DACCS)、岩石風化促進法 (enhanced weathering- EW)、バイオチャー、などのアプローチがあります。
MIT研究者らによる論文は、これらCDR技術は、炭素除去プロセス、炭素貯蔵の時間的スケール、技術の成熟度、緩和の可能性、コスト、コベネフィット、負の影響、ガバナンスの必要性、といった観点でも違いがあるとし、土地・エネルギー・経済的なトレードオフを最小化・コベネフィットを最大化しつつネットゼロ目標を達成するために、異なる技術を組み合わせるCDRポートフォリオが効果的である可能性を示しました。
IPCCの推奨に基づく統合評価モデリング(IAM)文献は、これまでのところ、BECCS、AFOLUに限られており、DACCSを組み込んだシナリオは比較的少なく、岩石風化促進法やバイオチャーなどの他のアプローチを検討した文献はまだほとんどないとのことです。これに対し、既に自主的な炭素市場においては、DACCS、またはAFOLUアプローチ(しばしば「自然ベースの除去」と呼ばれる)およびバイオチャーに多くの関心が高まっています。
気候緩和シナリオにおけるCDR貢献の規模感を解釈する際には、各個別のCDRアプローチの役割についても慎重な考慮が必要です。例えば、BECCSの大規模展開は、エネルギー(他の用途のためのバイオエネルギー生産)やAFOLU(食料安全保障、現在および将来の炭素吸収源)において物議を醸すトレードオフを引き起こし、これらのシナリオの実現可能性と持続可能性について課題を提起します。また、自然ベースの除去(例:植林/再植林、泥炭地や湿地の再生、アグロフォレストリーまたは森林管理の改善)は、これらの炭素吸収源が最終的に飽和し、気候変動によって悪化する干渉事象(例:火災、干ばつ、嵐、病気または森林伐採)の影響を受けるため、持続可能性が低い可能性があります。さらに、IAMシナリオにおいてCDRコストはしばし非現実的に低く設定されていることから、CDR経路の信頼性と信憑性が低下しています。
ボトムアップ・アプローチによる技術経済学的研究は、単一のCDRアプローチよりもCDRポートフォリオの方が、気候目標を達成する上で実行可能性が高いことを示しますが、資源と技術の利用可能性のトレードオフを伴う可能性や社会政治的嗜好にも依存します。一方、CDRポートフォリオにおいて、より多くのCDRオプションを追加し、個々のCDRオプションの展開を減らしていくことで、戦略的かつ地理的に最も適したCDRオプションを選択することで、コスト効率よく炭素除去が達成できる可能性があります。さらに、多様化されたCDRポートフォリオを展開することで、少数の技術への過度の依存を軽減し、地域展開のバランスに配慮し制度的格差を解消し、生態系へのダメージの減少も期待されます。
論文は、複数のCDR技術アプローチに分散することで、2100年までにCO2換算で最高で年間約31.5 Gt相当のCDRが可能になるとし、最もコスト効果の高いネットゼロ戦略である可能性を示しました。大気中のCO2除去のコスト競争力において、BECCSとバイオチャー、次いで岩石風化促進法が続く一方、DACCSは資本とエネルギー要件が高すぎて競争力がないことが明らかになりました。論文は、バイオチャーと岩石風化促進法は、2100年までに全耕作地の45%で土壌の質と生産性を向上させる可能性があるとし、炭素除去に加え、農業上のコベネフィットの潜在性を評価するために、今後、IAM研究でモデル化していく必要性を示唆しました。
(参考文献)
Solene Chiquier et al 2025 Integrated assessment of carbon dioxide removal portfolios: land, energy, and economic trade-offs for climate policy. Environ. Res. Lett. 20 024002. DOI 10.1088/1748-9326/ada4c0 https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/ada4c0
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)