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1009. 気候変動ターゲット達成に向けた「ネットゼロ」再考
1009. 気候変動ターゲット達成に向けた「ネットゼロ」再考
100以上の国にとどまらず、自治体や企業も今世紀半ばまで温室効果ガス排出を正味ゼロとする「ネットゼロ」公約を表明しています。これを踏まえれば、「ネットゼロ」は、標語および誓約としては成功を収めています。ただし、4月下旬に公表されたPNAS誌の論考は、「ネットゼロ」目標が独り歩きするなか、より包括的な気候変動緩和の努力をおろそかにすべきでないと指摘しました。
ネットゼロ概念はもともと気候科学に基づいています。大気が比較的涼しく維持されているのは海洋のおかげです。海水が次第に温暖化するにつれ、冷却効果を失い、排出がゼロになったとしても、熱慣性(Thermal Inertia)として知られる現象のため、数十年間は温暖化が続きます。同時に、海洋によるCO2吸収継続が熱慣性の影響を一部キャンセルすることで、気温を安定化する効果があるのです。
ネットゼロ概念が社会的に広く知られる転機となったのは2018年「1.5°C特別報告書」です。報告書は、温室効果ガス排出を大幅に削減するだけでなく、大気中のCO2除去の緊急性を訴えました。全経済セクターがCO2削減の努力をしても、コンクリート製造や化学肥料からの亜酸化窒素など、どうしても排出を完全に排除できない温室効果ガス(残留排出物: residual emissions)が残るため、その部分をキャンセルするためのCO2除去が必要となります。
従って、ネットゼロが成功するかどうかは、実際に大気からCO2を除去する技術が実現可能かどうかにかかっています。ある推計によると、ネットゼロ達成時点で削減しきれない途上国における平均的な残留排出物は現在の排出量の18%程度と推計されており、全世界に推計を拡大すれば、少なくとも年間120億トンの除去が必要とされます。植林等による除去ではとても間に合わず、森林などの自然システムは温暖化のもとで火災や病害虫・伐採による脆弱性も懸念されます。現在実装段階にある技術の多くは小規模で、合わせたとしても毎年200万トンのCO2除去にとどまっており、コストの高さが普及のハードルとなっています。さらにバイオマスベースのCO2除去の大規模展開は、農業や生態系との土地利用競合をもたらしかねません。
論稿は、ネットゼロという用語はシンプルだからこそ浸透したと評価します。一方で、ネットゼロに必要な除去水準を明確に定義することなしに、各国や企業が自ら排出を減らそうというインセンティブは生まれず、排出削減を肩代わりしてくれる誰かに対価を支払えばよい、と他人事な事態になりかねません。気候変動対策に向け、人々が生活スタイルや消費の在り方を自分事として見直すきっかけになるようなコミュニケーションの重要性がますます高まっていくでしょう。
(参考文献)
Stephen Battersby (2024) “Net zero” may need a rethink to keep climate targets within reach
PNAS. April 25, 2024. 121 (18) e2407160121 https://doi.org/10.1073/pnas.2407160121
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)