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1025. 生物圏に関する予測科学の構築における科学的文化の統合

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1025. 生物圏に関する予測科学の構築における科学的文化の統合

 

科学の最大の課題の一つは、生物圏の構造・ダイナミックス・進化を理解し、最終的にデータ・観測値・実験によっても支持される量的予測が可能な理論を構築することにあります。例えば、生物多様性やエコシステム機能の将来予測を行うことができれば、次のパンデミックの時期や規模、アマゾン熱帯林で破滅的な転換点の起きるタイミングや可能性を予測することで、負の影響を最小化し、災害リスクを緩和するための戦略を練ることが可能になるからです。

大気・海洋科学の進展は、世界気温の変化を組み込み、気温変化や循環パターンの未来予測を次第に正確に行えるようになってきました。一方、生物圏は、生物的なプロセスが広域な空間軸および長期的な時間軸にまたがっていることから、極めて複雑な仕組みを持っています。「人新世」において生物圏が直面する様々な課題に対応するために、生物圏科学も極めて複雑なグローバルな課題を解決するために進歩することが求められています。

PNAS誌にて発表された論文は、生物圏に関する予測科学の構築において、異分野連携を超えた科学的文化の統合が不可欠であると論じました。

論文は、実際には予測科学の進展は遅れがちであり、その原因はデータが不足したり実験が不十分であるという以上に、異なる科学分野の間での緊張関係によるものであるとしています。ここで、科学的文化を、情報や知識が発見され、共有され、議論され、理解される過程と定義します。科学的文化の統合が進まない場合、深い洞察が阻まれ、「全体は部分の総和以下」という典型的な事態に陥ってしまいかねません。

論文は、生物圏科学に限らず、全ての科学分野に共通するものとして、次の3つの科学的文化をあげます。


1 分散文化(The variance culture):自然において発生する量的な分散や多様性を研究する文化で、近代的な生物学、分子生物学、遺伝学の基礎であり、分散や偏差に焦点を当てた詳細な観察に基づき、自然界における分散を再現する実験・観測を重視する。一方で、情報をモデル化・一般化したり、偏差を生じさせる中心的な傾向を説明するフレームワークの理解を軽視する傾向がある。

2 厳密文化(The exactitude culture):対象となるシステムを最大限の精密度で科学的に理解することを追求し、 特定の現象に焦点を当て、単純化・一般化とは真逆の立場から、極めて多くの変数を用い、特定のコンテクストにおける詳細なダイナミック・メカニズム・相互作用に焦点を当てる。精密な統計モデルや機械学習(ML)、AIを用いたモデル間評価を行う。

3 粗粒文化(The coarse-grained culture): 多様性や偏差にまたがる一般法則を見出し、抽象化・単純化を志向し、分散をもたらす原理の説明を試み、確率的な結果を数学的に推論するアプローチをとる。一方で、新たな発見につながりうる詳細に関心を払わない傾向がある。 

 


生物圏の直面する問題を取り扱う上での最大の課題は、自然保護意思決定にとり信頼性ある予測モデル構築につながる統合的な概念フレームワークです。上述の3つの科学的文化の間における建設的な議論は、誤った世界観やパラダイムを見直していくための健全な過程であるはずです。しかし歴史的にも現状も、生物圏科学においては、厳密文化や分散文化を重視し、粗粒文化を十分活用してきませんでした。互いの科学的文化の存在を認め、試行を繰り返し科学的発見や進歩に組み込まなければ、次第に予測を困難にする様々な課題に直面しかねません。それぞれの文化の発展も、他の文化の洞察や手法を共有してこそです。

論文は、生物圏における予測科学の発展においては、一般的な異分野連携推進を超えた、科学的トランスカルチャリズム(Scientific Transculturalism)による統合を訴えました。


(参考文献)
Brian J. Enquist, Christopher P. Kempes, and Geoffrey B. West Developing a predictive science of the biosphere requires the integration of scientific cultures, PNAS. April 19, 2024 121 (19) e2209196121 https://doi.org/10.1073/pnas.2209196121


(文責:情報プログラム 飯山みゆき)
 

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