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796. メタンガス削減に寄与するカギケノリ養殖研究

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796. メタンガス削減に寄与するカギケノリ養殖研究

 

メタンは二酸化炭素に次いで気候変動に寄与する温室効果ガスです。二酸化炭素の20倍以上の地球温暖化効果があると言われており、メタン排出量の削減は2050年の気候目標達成のために喫緊の課題となっています。牛や羊など反芻動物の腸内では、微生物がメタン発酵することにより、大量のメタンガスを発生させます。この腸内で発生したメタンガスは家畜の“げっぷ”として大気中に放出され、農業畜産分野が排出するメタンガスの最大の発生源と考えられています。

近年、「カギケノリ」という赤い海藻を牛や羊の餌として給与することで、腸内微生物のメタン発酵を大きく抑えられることがわかってきました。2014年に報告された論文では、牛の腸内環境を再現した試験管実験が行われ、通常の飼料にカギケノリを添加することで、98.9%のメタン発生を抑制できることがわかりました。実験が行われたオーストラリアでは、その後も研究がすすめられ、実際に乳牛に給与した場合でも、メタンガス排出を大きく減らせることが確認されました。

カギケノリにはブロモホルムという有機ハロゲン化合物が多く含まれ、この物質が腸内微生物のメタン合成を強く抑制すると考えられています。ブロモホルムは、コンブやアオサ等を始めとする数多くの海藻でも合成しますが、これらの海藻の細胞内にはあまり残りません。しかし、カギケノリは腺細胞と呼ばれる特殊な細胞を持ち、ここにブロモホルムなどの有機ハロゲン化合物を蓄積するため、他の海藻よりも高いメタン削減効果があると考えられています。
現在では、世界各国でメタン削減を目的としたカギケノリの研究開発が行われています。研究が先行しているオーストラリアでは、カギケノリを牛や羊に給与し、「低メタン」ハンバーガーや羊毛製品の製造・販売が行われています。最近では国内においてもカギケノリの養殖事業化試験がスタートしています。

しかし、カギケノリの利用に関してはまだまだ課題が残されています。カギケノリを飼料化する上で、安定的な生産供給のための養殖技術開発、揮発性の高い有効成分を逃がさない加工法開発、長期的な給与による家畜への影響評価などが今後の課題です。特に、現在養殖を行っている企業の生産量だけでは、世界の反芻動物家畜の頭数に全く及びません。また、畜産農家にとって、飼料価格が高騰する中、メタンガス削減のために高コストな海藻飼料を与えるインセンティブは大きくありません。従って、安く、大量にカギケノリを養殖できる技術開発が求められています。

カギケノリは、熱帯域から温帯域に生息する海藻で、国際農研の研究対象地域である東南アジアの沿岸でも見られます。東南アジア地域、特にフィリピン、インドネシア、マレーシアは、キリンサイという寒天の原料になる海藻の養殖が盛んで、「海藻大国」です。しかし、近年では台風などの自然災害や病害の広がりなどでその生産が減少しています。カギケノリを新たな養殖海藻として普及させることで、現地経済の活性化と気候変動対策を両立するような新たな産業の創成が期待できます。

国際農研でも、家畜からのメタン放出削減に向けて、東南アジアでの海藻養殖および加工に関する研究に取り組んでいます。

 

(参考文献)
Machado, L., Magnusson, M., Paul, N. A., de Nys, R., & Tomkins, N. (2014). Effects of marine and freshwater macroalgae on in vitro total gas and methane production. PLoS One, 9(1), e85289.
Roque, B. M., Salwen, J. K., Kinley, R., & Kebreab, E. (2019). Inclusion of Asparagopsis armata in lactating dairy cows’ diet reduces enteric methane emission by over 50 percent. J Clean Prod, 234, 132-138.

 

(関連するページ)
755. 2022年も温室効果ガスの排出が増加https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20230411
701. メタン削減の実現に向けてhttps://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20230123

 

(文責:水産領域 松田 竜也)


 

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