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724. ロシアのウクライナ侵攻から1年

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724. ロシアのウクライナ侵攻から1年

2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻してから1年が経ちました。この出来事によって、既にCOVID-19パンデミック、気候変動、サプライチェーン寸断に直面していた世界に、新たな地政学的ショックが加わり、世界食料安全保障を取り巻く情勢の不確実性が一気に増しました。

ロシアとウクライナは、小麦という重要な主食作物の世界有数の生産・輸出国ですが、同時に、メイズやヒマワリといった飼料・油脂作物の主要生産・輸出国でもあり、さらにロシアは肥料の重要な輸出国でもあります。ロシアのウクライナ侵攻は、サプライチェーン寸断の懸念をもたらし、食料・燃料・肥料価格は高騰しました。その後、国際的な食料価格は落ち着いてきたものの、飼料・油脂作物および肥料などの投入財価格が高水準で推移していることで、生産者の経営を圧迫し、加工品価格の値上げに踏み切る食品企業も多く、世界各地でコストプッシュ型の食料インフレが続いています。

食料危機というと、小麦・コメ・トウモロコシなど主食になる作物が足りなくなる、あるいはアクセスができなくなる状況がイメージされやすいかと思います。他方、今日、世界で生産される作物は、直接、人間に食料として消費されるものばかりでなく、家畜の飼料や加工・工業用にも生産されており、そうした財のサプライチェーンの攪乱が、食料危機に波及することもあります。

 

昨年Nature Food誌に発表された論文は、世界の作物生産の統計・データを使途別に整理し、興味深いトレンドを提示しています。分析によると、世界的に食料として直接利用される作物の栽培面積は1960年代の51%から2010年代には37%まで相対的に減ってきており、飼料作物栽培面積にも同様に相対的な減少傾向がみられました。対照的に、加工・輸出・工業用作物の栽培面積が増加してきているとのことです。論文は、このトレンドが続くと仮定すれば、2030年までに、輸出用・加工用・工業用作物栽培面積の割合が23%、17%、8%に達する一方、食料作物栽培面積は相対的に29%まで落ち込むであろうと予測しています。

論文はまた、食料生産と比較し、輸出・加工用生産の収量向上が著しい傾向がみられ、輸出・加工用生産地域において効率化追求・特化が進んでいることを要因として指摘しました。地域別にみると、南米北米やオーストラリア、また欧州は加工・飼料生産に特化しています。対照的に、サブサハラアフリカは食料生産に特化していますが生産性は停滞し、人口増に生産が追い付かず、論文は近い将来における低栄養の解消に課題があると予測しています。

 


人口増と経済成長の速いアフリカやアジアの新興国においては、食料需要が大きく伸びる一方、こうした地域の多くの国々で、生産性は低迷し、増える人口に十分な食料を供給することに苦労しています。その結果、こうした地域の国々は食料安全保障を満たすために食料輸入に依存しつづけることが予測され、したがって、食料システムにとって波及する地政学的ショックに極めて脆弱であるといえます。

世界の食料安全保障には、地政学的なサプライチェーン寸断を回避する国際協調努力が必要です。それとともに、世界の作物生産における栽培面積・収量向上で食料作物生産の相対的なパフォーマンスに課題がある中、資源賦存や技術適用条件に課題があり、食料作物生産性の停滞している途上国地域において、持続的な生産性向上のための技術支援が極めて重要な意義を持っています。

 

(参考文献)
Ray, D.K., Sloat, L.L., Garcia, A.S. et al. Crop harvests for direct food use insufficient to meet the UN’s food security goal. Nat Food 3, 367–374 (2022). https://doi.org/10.1038/s43016-022-00504-z

 

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)

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