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538.トマトの熱ストレス耐性付与のための遺伝・分子的メカニズム

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538.トマトの熱ストレス耐性付与のための遺伝・分子的メカニズム

大規模な気候変動によって引き起こされる熱波を含む異常気象は、世界の農業生産と食料安全保障に対する主要な脅威のひとつです。世界の貧困層の75%が農村部に住んでおり、開発途上国の人々の50%近くが収入を農業に依存しているため、こうした人たちは気候変動の深刻な影響を受ける可能性が最も高いです。そのため、現在利用されている品種よりも熱ストレスに耐性(耐暑性)のある品種を利用することによって、持続可能な農業生産システムを構築することが課題です。国際農研では、耐暑性トマトの品種開発を目的に、世界蔬菜センター (World Veg) と共同で、トマト遺伝資源から耐暑性トマトを選抜し、遺伝的に検証する等の研究を実施しています。

トマト(Solanum lycopersicum)は、世界の経済および食文化にとって非常に重要であり、世界中で生産されている、最も人気のある野菜のひとつです。トマトには、ビタミンC、β-カロテン、リコピンなどの栄養素が豊富に含まれており、これらは健康増進に大きな効果を持つことが知られています (Bergougnoux, 2014)。

熱ストレスはトマトの生育および施肥に大きな影響を与え、収穫された果実の収量および質の低下につながります (Sato et al., 2000)。トマトの熱ストレスに対する形態学的および生理学的変化は、系統・品種間、多様な生育段階、また熱ストレス期間の変化によって異なります。これらの変化は、葉などの栄養器官だけでなく (Zhou et al., 2017)、花や配偶体などの生殖器官でも確認できます (Firon et al., 2006)。さらに、熱ストレス環境下における柱頭等の花芽構造の変化は、ジャスモン酸シグナル伝達および他の植物ホルモン経路と関連しており、これらの影響により、着果が低下すること知られています (Pan et al., 2019)。

以上のように、気候変動による気温上昇に起因する熱ストレスは、作物の成長のすべての段階に悪影響を及ぼします。トマト等の結実野菜の場合、中程度の熱ストレスでも着果と果実品質が低下します。したがって、作物の熱ストレス耐性を高めることは、気候変動に適応するための最良の方法の1つです。このたび、植物学の国際誌Frontiers in Plant Scienceに、Genetic and molecular mechanisms conferring heat stress tolerance in tomato plantsと題して発表した総説では、トマトの熱ストレス下における生育および果実収量に影響を与える重要な生育過程について解説しました。この中では、熱ストレス耐性に寄与する分子的、形態学的および生理学的メカニズムと、耐暑性野菜品種の開発における課題について解説しています。熱ストレスに対する植物の耐性メカニズムを理解するには、各生育段階および熱ストレスのタイプ(短期または長期)における耐性メカニズムを理解する必要があります。耐性メカニズムを発揮するために重要である短期の熱ストレスに対する遺伝子調節ネットワークに関しては多数の報告がありますが、長期の熱ストレスに関する報告はほとんどありません。耐暑性トマト品種を作出する必要性を考慮すると、熱ストレスが各生育段階や器官でどのような影響を与えるかを理解して、耐暑性素材をスクリーニングするための遺伝資源を選択し、遺伝子調節ネットワーク を理解することが重要です。トマトを含む野菜の栄養および機能的特性は、世界的な食品および栄養保証の観点から非常に価値があります。急速に需要が増加する熱ストレス耐性・耐暑性野菜品種の開発に関する研究は、気候変動への適応と、持続可能な食料システムの構築に貢献することが期待されます。

国際農研では、本総説で取りまとめた知見も活用しながら、トマト遺伝資源を用いて熱ストレス耐性および栄養性研究を推進し、アフリカ、アジア等の開発途上国における気候変動や人々の栄養に関する問題の解決の一助になることを目指します。


(参考文献)

Bergougnoux, V., 2014. The history of tomato: from domestication to biopharming. Biotechnol. Adv. 32, 170-189. doi: 10.1016/j.biotechadv.2013.11.003

Firon, N., Shaked, R., Peet, M., Pharr, D., Zamski, E., Rosenfeld, K., Althan, L., Pressman, E., 2006. Pollen grains of heat tolerant tomato cultivars retain higher carbohydrate concentration under heat stress conditions. Sci. Hortic. 109, 212-217. doi: 10.1016/j.scienta.2006.03.007

Hoshikawa K, Pham D, Ezura H, Schafleitner R and Nakashima K (2021) Genetic and Molecular Mechanisms Conferring Heat Stress Tolerance in Tomato Plants. Front. Plant Sci. 12:786688. doi: 10.3389/fpls.2021.786688

Pan, C., Yang, D., Zhao, X., Jiao, C., Yan, Y., Lamin‐Samu, A.T., Wang, Q., Xu, X., Fei, Z., Lu, G., 2019. Tomato stigma exsertion induced by high temperature is associated with the jasmonate signalling pathway. Plant, Cell Environ. 42, 1205-1221. doi: 10.1111/pce.13444

Sato, S., Peet, M., Thomas, J., 2000. Physiological factors limit fruit set of tomato (Lycopersicon esculentum Mill.) under chronic, mild heat stress. Plant, Cell Environ. 23, 719-726. doi: 10.1046/j.1365-3040.2000.00589.x

Zhou, R., Kjaer, K., Rosenqvist, E., Yu, X., Wu, Z., Ottosen, C.O., 2017. Physiological response to heat stress during seedling and anthesis stage in tomato genotypes differing in heat tolerance. J. Agron. Crop Sci. 203, 68-80. doi: 10.1111/jac.12166

 

(関連するページ)
490. 野菜研究 ―世界の栄養改善に向けてー https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20220304

402. 野菜と果物の栄養改善への貢献とフードシステムにおける課題 https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20211020

野菜・果物―地球と人間の健康のための研究と行動の機会 https://www.jircas.go.jp/ja/symposium/2021/e20211206

(写真)
耐暑性 (左側) および感受性 (右側) トマトの栽培 (台湾にある世界蔬菜センターで栽培)

(文責:生物資源・利用領域 星川 健、食料プログラム 中島 一雄)