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788. マダガスカルの鉄過剰ストレス圃場において耐性イネ系統が発揮するメカニズムを解明

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788. マダガスカルの鉄過剰ストレス圃場において耐性イネ系統が発揮するメカニズムを解明

鉄は植物の生育に必要な必須元素のひとつですが、その過剰な供給は植物の生育に悪影響を及ぼします。鉄過剰ストレスは湛水条件で栽培されるイネに特有の生理障害であり、東南アジアや、マダガスカルや西アフリカをはじめとするアフリカの幅広い地域で発生しています。鉄過剰ストレスは、葉への褐色の斑点状の可視障害の形成や、生育の遅延などを引き起こします。鉄過剰ストレスを受ける多くの水田地域ではイネの収量が15%以上減少することが知られており、食料の安定供給に対する懸念となっています。鉄過剰ストレスの問題は半世紀以上前から認識され、作物改良に向けた研究が進められていますが、その耐性の向上に役立つ遺伝子や、耐性を付与する生理的なメカニズムの多くは明らかになっていません。鉄過剰ストレス耐性には幅広い系統間差があることが知られており、幅広い遺伝資源の活用による耐性に重要な要因の探索に向けた研究が進められてきました。しかし、これまでの研究では、幼苗を用いた水耕溶液もしくはポット栽培による人工的な環境下における栽培、および葉の可視障害を指標とした耐性の評価が主に行われており、実際の圃場における、生育期間全般を通した、耐性に重要な生理的要因については知られていませんでした。

国際農研は、マダガスカル・アンタナナリボ大学およびイギリス・クランフィールド大学と共同で、幅広い遺伝資源から選抜された鉄過剰ストレス耐性系統および世界の主要な水稲品種であるIR64を含む感受性系統をマダガスカルの鉄過剰圃場で生育し、各生育ステージにおける生理学的解析を通して、耐性系統が圃場で発揮するメカニズムを探索しました。その結果、以下のようなことがわかりました。

  • これまでに知られているように、栄養成長期において耐性を持つ系統は、過剰な鉄の取り込みを抑制する「排除型」の耐性を持つもの(Bahia、Nerica L-43、Tsipalaなど)と、取り込んだ鉄を害の少ない形で体内に保持する「含有型」の耐性を持つもの(KA-28、X265など)に分類された。
  • 含有型の耐性系統KA-28は、植物体全体の鉄含量は高い一方で、新しい葉に分配される鉄の割合が低く、古い葉に鉄をため込むことで、新しい葉への影響を最小限にするというメカニズムが機能していることがわかった。
  • 生殖成長期においては、排除型の耐性系統の鉄吸収が増加し、含有型系統と同程度の鉄濃度を示したことから、これらの系統の鉄の排除メカニズムは栄養成長期でのみ機能することがわかった。
  • 可視障害の程度と収量の間、および栄養成長期の生育と収量の間には相関が見られなかったことから、可視障害や栄養成長期の生育のみに注目した耐性系統の選抜は、圃場における収量の向上した系統の選抜において必ずしも効果を発揮しない可能性が示唆された。

 

以上のように、鉄過剰ストレス耐性を付与する複数の生理的メカニズムは生育ステージ依存的に機能すること、また、幼苗期における評価および可視障害を指標とした評価は収量の向上した系統の選抜に不十分であることが明らかとなりました。さらに、鉄過剰ストレス耐性には土壌と植物の相互作用および植物体内の鉄分配といった生理的要因が重要であること、およびこれらの要因が生育ステージ依存的であり、圃場における鉄過剰ストレス耐性が複雑に絡み合った要因によって制御されていることが明らかとなりました。この研究から、今後は、作物の改良に向けて、全期間を通した耐性の評価が必要であることが示唆されるほか、今回同定された複数の耐性系統が、圃場において特定の生理機能を改善するのに活用されることが期待されます。

 

(アイキャッチ写真)
左:マダガスカル中央高地(Behenjy)の、鉄過剰ストレスによって影響を受けた圃場。分げつ数が制限されるほか、葉の先端が黄褐色化した症状が見られる。
右:同じくマダガスカル中央高地(Antsirabe)の、鉄過剰ストレスによって強く影響を受けた圃場。強度のストレスにより植物体が枯死している様子が見られる。

 

(参考文献)
Rajonandraina, T., Rakotoson, T., Wissuwa, M., Ueda, Y., Razafimbelo, T., Andriamananjara, A., Kirk, J.D.K. (2023) Mechanisms of genotypic differences in tolerance of iron toxicity in field-grown rice. Field Crops Research 298, 108953. https://doi.org/10.1016/j.fcr.2023.108953

 

(文責:生産環境・畜産領域 植田 佳明、食料プログラム 中島一雄)

 

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