植物の新たな干ばつストレス応答メカニズムの解明
背景・ねらい
水分欠乏は、作物の生育や生存を脅かす最も深刻な環境ストレスである。葉の萎れがみられない軽度の干ばつであっても、作物の生育は顕著に低下し、収量に甚大な影響をもたらす。そのため、このような”見えない干ばつ”を早期に捉え、潅水などの適切な対策をとることは作物の安定生産において重要である。しかし、圃場で生じる”見えない干ばつ”に対する作物の応答およびそのメカニズムの理解は進んでいない。本研究では、開発した畝を用いた干ばつストレス評価系を用いて、圃場における植物の干ばつ応答を捉えるとともに、実験室における詳細な解析やモデル植物を用いた解析を通して、圃場で生じる”見えない干ばつ“に対する植物の応答メカニズムおよびその生理学的意義を解明する。
成果の内容・特徴
- 圃場において葉が萎れない程度の干ばつストレス(”見えない干ばつ“)を受けたダイズの葉では、リン酸が欠乏した際に機能する遺伝子群(リン酸欠乏応答遺伝子)の発現が誘導される(図1)。
- ”見えない干ばつ“を受けたダイズの葉において、植物の生育に必要な主要元素(窒素、リン酸、カリウム)の中でリン酸(P)含量が最も減少する。
- 温室および人工気象器内でポット内の土の水分量をコントロールして栽培したダイズでは、乾燥ストレスの初期段階に、土壌水分依存的にリン酸欠乏応答遺伝子の発現が誘導される。さらに、乾燥ストレスが強くなると、乾燥ストレス応答などで重要な働きをすることが知られているアブシシン酸(ABA)に応答する遺伝子群の発現が誘導される(図2)。
- モデル植物であるシロイヌナズナにおいても、ABA応答遺伝子の発現が誘導される前の乾燥ストレス初期に、リン酸欠乏応答遺伝子の発現が誘導されることから、新たに見いだした現象は、植物に普遍的であることが示唆される。
- リン酸欠乏応答が誘導されないシロイヌナズナ欠損変異体では、通常の野生株と比較して乾燥ストレスによって生育が顕著に抑制されることから、乾燥ストレス初期のリン酸欠乏応答遺伝子の発現誘導は、乾燥ストレス時の生育を維持するために重要な役割を担うことが示唆される(図3)。
成果の活用面・留意点
- リン酸含量やリン酸欠乏応答遺伝子の発現は、”見えない干ばつ”を早期に捉える指標として、植物の水分センサー開発などに貢献することが期待される。
- “見えない干ばつ”時におけるリン酸欠乏応答の誘導は植物に普遍的な現象であると考えられるが、土壌水分以外の環境条件もリン酸欠乏応答の誘導に影響を与える可能性を考慮する必要がある。
具体的データ
- 分類
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研究
- 研究プロジェクト
- プログラム名
- 予算区分
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交付金 » 第5期 » 食料プログラム » レジリエント作物
交付金 » 不良環境耐性作物開発
交付金 » 環境ストレス耐性
受託 » JST/JICA SATREPS
受託 » ムーンショット型農林水産研究開発事業
- 科研費
- 研究課題
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ムーンショット型農林水産研究開発事業
- 研究期間
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2015~2023年度
- 研究担当者
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永利 友佳理 ( 生物資源・利用領域 )
小林 安文 ( 生物資源・利用領域 )
藤井 健一朗 ( 生物資源・利用領域 )
馬場 隼也 ( 生物資源・利用領域 )
藤田 泰成 ( 生物資源・利用領域 )
伊ヶ崎 健大 ( 生産環境・畜産領域 )
科研費研究者番号: 70582021大矢 徹治 ( 生産環境・畜産領域 )
水野 信之 ( 京都大学 )
安井 康夫 ( 京都大学 )
科研費研究者番号: 70293917杉田 亮平 ( 名古屋大学 )
ORCID ID0009-0000-0858-1821科研費研究者番号: 60724747竹林 裕美子 ( 理化学研究所 )
ORCID ID0000-0003-4207-297X小嶋 美紀子 ( 理化学研究所 )
ORCID ID0000-0002-2967-5082科研費研究者番号: 10634678榊原 均 ( 理化学研究所・名古屋大学 )
ORCID ID0000-0001-5449-6492科研費研究者番号: 20242852小林 奈通子 ( 東京大学 )
ORCID ID0000-0002-1279-7083科研費研究者番号: 60708345田野井 慶太朗 ( 東京大学 )
ORCID ID0000-0001-7545-2771科研費研究者番号: 90361576小木曽 映里 ( 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) )
ORCID ID0000-0002-7655-3408科研費研究者番号: 646929石本 政男 ( 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) )
科研費研究者番号: 20355134 - ほか
- 発表論文等
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Nagatoshi et al. (2023) Nature Communications 14: 5047.https://doi.org/10.1038/s41467-023-40773-1
- 日本語PDF
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2023_B03_ja.pdf1.91 MB
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※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。