植物の乾燥ストレス応答経路を負に制御する新規タンパク質の発見

要約

シロイヌナズナにおいて乾燥および高温ストレスに応答した耐性の獲得に寄与する転写因子DREB2Aと結合する新規タンパク質、DRIPを発見した。DRIPはDREB2Aの分解を促進することにより、乾燥ストレス応答を負に制御することを明らかにした。また、DRIPの機能欠損により乾燥ストレス耐性が向上することを示した。

背景・ねらい

地球上の各地で環境劣化による農業被害が起きており、環境ストレスへの耐性を高めた植物の開発が待たれている。DREB2Aは乾燥や高温に応答して、これらのストレスへの耐性を高める遺伝子群の発現を活性化する転写因子で、その有用性が期待されている。シロイヌナズナのDREB2Aタンパク質は通常の生育条件では細胞内での安定性が低いが、ストレスシグナルを受けると安定性が高まって細胞核内に大量に蓄積して機能を発現する。一方で、通常の生育条件でも細胞内での安定性が高い改変型DREB2Aは、植物に導入すると通常の生育条件でも耐性遺伝子群の発現を活性化するが、その結果として植物の生育を遅延させる。したがって、シロイヌナズナはDREB2Aの安定性を制御することで耐性遺伝子群の発現をコントロールし、ストレスがない条件では十分に生育できるようにしていると考えられるが、その機構は不明であった。本研究ではDREB2Aの安定性制御機構を解明するため、DREB2Aと細胞内で結合するタンパク質の探索と機能解析を行い、環境ストレス耐性作物の分子育種のための有用な情報を得ることを目的とした。

成果の内容・特徴

  1. 出芽酵母のツーハイブリッドスクリーニング法を用い、DREB2Aと相互作用するタンパク質であるDRIP1(DREB2A INTERACTING PROTEIN1)を見出した。また、DRIP1は実際に細胞の核内でDREB2Aと相互作用することを確認した。
  2. DRIP1は、タンパク質を分解経路に運ぶ標識を付加するユビキチンリガーゼとして機能し、試験管内ではDREB2Aもその標的になることが確認された。このタンパク質分解経路を阻害する薬剤でシロイヌナズナを処理するとストレスのない条件下でもDREB2Aタンパク質が蓄積するため、DREB2Aはこの経路で分解されていると考えられた。
  3. DRIP1遺伝子の機能を恒常的に高めた形質転換シロイヌナズナにおいては、乾燥ストレスに応答したDREB2A下流遺伝子の発現が遅くなった。逆に、DRIP1および相同な遺伝子DRIP2の機能が共に失われた突然変異株drip1 drip2では乾燥ストレスに応答したDREB2A下流遺伝子の発現が強くなり、ストレスのない条件下でもDREB2A下流遺伝子が発現していた。さらにdrip1 drip2変異株は、野生型と比較して高い乾燥ストレス耐性を示した(図1)。
  4. 以上の結果からDRIP1はDREB2Aの分解を通じて乾燥ストレス応答を抑制していることが示された(図2)。これはDREB2Aを標的として分解を促進するタンパク質の最初の単離例である。

成果の活用面・留意点

  1. シロイヌナズナでは、DRIP遺伝子が失われると乾燥耐性が向上する。作物においても遺伝子操作により必要に応じてDRIPの機能を抑制することで、乾燥耐性を向上できる可能性がある。
  2. DRIPの機能が失われると、乾燥耐性は向上するが、同時に生育遅延や稔性の低下もおきる。これはDRIPがDREB2A以外のタンパク質の分解も促進しているためと考えられるが、遺伝子操作にあたっては、適切なプロモーターの選択等により必要な時だけ機能抑制が可能になるような工夫が必要であると考えられる。

具体的データ

  1.  

    図1.DRIPの機能欠損による乾燥耐性の獲得
    図1.DRIPの機能欠損による乾燥耐性の獲得
    2つのDRIP遺伝子の機能が欠損したdrip1 drip2変異株(右端)は、野生型株(左端)と比較して、乾燥処理1週間後の生存率が高かった。乾燥処理は、2週間灌水を停止することで行った。
  2.  

    図2.DRIPが乾燥ストレス応答を負に制御するしくみのモデル
    図2.DRIPが乾燥ストレス応答を負に制御するしくみのモデル
    DREB2Aタンパク質は乾燥ストレスがないときでも合成されているが、DRIPがDREB2Aに分解経路に向かう標識(ubi)を付加し、分解装置(26Sプロテアソーム)における分解を促進することで、ストレス応答とそれに伴う生育阻害が抑制される。一方、ストレスが生じたときは、 未知の機構により活性化されたDREB2Aがただちに蓄積して標的遺伝子を発現させることで、ストレス応答が引き起こされる。シロイヌナズナはこの機構により、急激な環境変化に対する素早い応答と、通常条件におけるストレス応答経路の抑制を両立していると考えられる。
Affiliation

国際農研 生物資源領域

分類

研究

予算区分
交付金〔ストレス耐性機構〕等
研究課題

植物の環境ストレス耐性機構の解明と耐性作物の開発

研究期間

2008年度(2004~2011年度)

研究担当者

( 生物資源領域 )

溝井 順哉 ( 生物資源領域 )

篠崎 和子 ( 生物資源領域 )

ほか
発表論文等

Qin, F., Sakuma, Y., Tran, L.-S. P., Maruyama, K., Kidokoro, S., Fujita, Y., Fujita, M., Umezawa, T., Sawano, Y., Miyazono, K., Tanokura, M., Shinozaki, K. and Yamaguchi-Shinozaki, K. (2008) Arabidopsis DREB2A-interacting proteins function as RING E3 ligases and negatively regulate plant drought stress-responsive gene expression. Plant Cell 20, 1693-1707.

日本語PDF

2008_seikajouhou_A4_ja_Part7.pdf2 MB

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